蔣琬字公琰、零陵湘郷人也。弱冠與外弟泉陵劉敏倶知名。琬以州書佐隨先主入蜀、除廣都長。先主嘗因游觀奄至廣都、見琬衆事不理、時又沈醉、先主大怒、將加罪戮。軍師將軍諸葛亮請曰：「蔣琬、社稷之器、非百里之才也。其為政以安民為本、不以脩飾為先、願主公重加察之。」先主雅敬亮、乃不加罪、倉卒但免官而已。琬見推之後、夜夢有一牛頭在門前、流血滂沱、意甚惡之、呼問占夢趙直。直曰：「夫見血者、事分明也。牛角及鼻、『公』字之象、君位必當至公、大吉之徴也。」頃之、為什邡令。先主為漢中王、琬入為尚書郎。建興元年、丞相亮開府、辟琬為東曹掾。舉茂才、琬固讓劉邕・陰化・龐延・廖淳、亮教答曰：「思惟背親捨德、以殄百姓、衆人既不隱於心、實又使遠近不解其義、是以君宜顯其功舉、以明此選之清重也。」遷為參軍。五年、亮住漢中、琬與長史張裔統留府事。八年、代裔為長史、加撫軍將軍。亮數外出、琬常足食足兵以相供給。亮毎言：「公琰託志忠雅、當與吾共贊王業者也。」密表後主曰：「臣若不幸、後事宜以付琬。」
亮卒、以琬為尚書令、俄而加行都護、假節、領益州刺史、遷大將軍、録尚書事、封安陽亭侯。時新喪元帥、遠近危悚。琬出類拔萃、處羣僚之右、既無戚容、又無喜色、神守舉止、有如平日、由是衆望漸服、延熙元年、詔琬曰：「寇難未弭、曹叡驕凶、遼東三郡苦其暴虐、遂相糾結、與之離隔。叡大興衆役、還相攻伐。曩秦之亡、勝・廣首難、今有此變、斯乃天時。君其治嚴、總帥諸軍屯住漢中、須呉舉動、東西掎角、以乘其釁。」又命琬開府、明年就加為大司馬。
東曹掾楊戲素性簡略、琬與言論、時不應答。或欲搆戲於琬曰：「公與戲語而不見應、戲之慢上、不亦甚乎！」琬曰：「人心不同、各如其面；面從後言、古人之所誡也。戲欲贊吾是耶、則非其本心、欲反吾言、則顯吾之非、是以默然、是戲之快也。」又督農楊敏曾毀琬曰：「作事憒憒、誠非及前人。」或以白琬、主者請推治敏、琬曰：「吾實不如前人、無可推也。」主者重據聽不推、則乞問其憒憒之状。琬曰：「苟其不如、則事不當理、事不當理、則憒憒矣。復何問邪？」後敏坐事繋獄、衆人猶懼其必死、琬心無適莫、得免重罪。其好惡存道、皆此類也。
琬以為昔諸葛亮數闚秦川、道險運艱、竟不能克、不若乘水東下。乃多作舟船、欲由漢・沔襲魏興・上庸。會舊疾連動、未時得行。而衆論咸謂如不克捷、還路甚難、非長策也。於是遣尚書令費禕・中監軍姜維等喩指。琬承命上疏曰：「芟穢弭難、臣職是掌。自臣奉辭漢中、已經六年、臣既闇弱、加嬰疾疢、規方無成、夙夜憂慘。今魏跨帶九州、根蔕滋蔓、平除未易。若東西并力、首尾掎角、雖未能速得如志、且當分裂蠶食、先摧其支黨。然呉期二三、連不克果、俯仰惟艱、實忘寢食。輒與費禕等議、以涼州胡塞之要、進退有資、賊之所惜；且羌・胡乃心思漢如渇、又昔偏軍入羌、郭淮破走、算其長短、以為事首、宜以姜維為涼州刺史。若維征行、銜持河右、臣當帥軍為維鎮繼。今涪水陸四通、惟急是應、若東北有虞、赴之不難。」由是琬遂還住涪。疾轉增劇、至九年卒、諡曰恭。
241年に呉は大規模な北伐を興し、一軍は樊城・柤中を攻略しています。又た蜀ではこの歳、費禕が蔣琬を訪れて討議しているので、呉に連動するかどうかを論じたと思いたいのですが、朝廷の空気はこの策に否定的で、費禕の来訪も作戦中止命令をもたらしたのかもです。又た呉主伝によれば、水軍による伐魏自体が呉にも伏せられていたらしく、呉に無用の警戒をさせています。
結局、蔣琬は呉の北伐との連動もできず、翌年には姜維が涪に移鎮させられています。旧疾で実行できなかったというのは、朝廷の反対を明記できない為の方便でしょう。蔣琬と朝廷の不協和は疾病として処理されるのがデフォルトです。尚お、姜維は238年より蔣琬に司馬として従っているので、諫言に派遣されたというのは眉唾です。
241年の北伐の是非を巡って大司馬府と朝廷の確執が表面化し、後方勤務に異動させられたような感じです。涪は入蜀直後の劉備が進駐した場所ではありますが、漢中を確保している状況ではどう見ても左遷です。事実、蔣琬が異動となった翌年の東北の有事＝曹爽の南征に蔣琬・姜維が動員された様子はありません。本当に重病だった可能性も否定できませんが、大司馬のまま国難にも関与できず、失意によって“疾転増劇”した末に憤死したように見えます。
入れ替わりに費禕が大将軍となって漢中に進駐しますが、以後、元帥は漢中に長期駐留せずに成都との間を往来することが常態となり、姜維が衛将軍・録尚書事になるなど、指導部も多頭体制に移行しています。蔣琬が成都を離れている間に成都では劉璋を親政させようとの動きが潜行し、延熙六年（243）に実現したという事でしょう。謂ってみれば、諸葛亮的寡頭体制の否定です。
子斌嗣、為綏武將軍・漢城護軍。魏大將軍鍾會至漢城、與斌書曰：「巴蜀賢智文武之士多矣。至於足下・諸葛思遠、譬諸草木、吾氣類也。桑梓之敬、古今所敦。西到、欲奉瞻尊大君公侯墓、當洒掃墳塋、奉祠致敬。願告其所在！」斌答書曰：「知惟臭味意眷之隆、雅託通流、未拒來謂也。亡考昔遭疾疢、亡於涪縣、卜云其吉、遂安厝之。知君西邁、乃欲屈駕脩敬墳墓。視予猶父、顏子之仁也、聞命感愴、以增情思。」會得斌書報、嘉歎意義、及至涪、如其書云。
後主既降鄧艾、斌詣會於涪、待以交友之禮。隨會至成都、為亂兵所殺。斌弟顯、為太子僕、會亦愛其才學、與斌同時死。
劉敏、左護軍・揚威將軍、與鎮北大將軍王平倶鎮漢中。魏遣大將軍曹爽襲蜀時、議者或謂但可守城、不出拒敵、必自引退。敏以為男女布野、農穀栖畝、若聽敵入、則大事去矣。遂帥所領與平據興勢、多張旗幟、彌亙百餘里。會大將軍費禕從成都至、魏軍即退、敏以功封雲亭侯。
費禕字文偉、江夏鄳人也。少孤、依族父伯仁。伯仁姑、益州牧劉璋之母也。璋遣使迎仁、仁將禕游學入蜀。會先主定蜀、禕遂留益土、與汝南許叔龍・南郡董允齊名。時許靖喪子、允與禕欲共會其葬所。允白父和請車、和遣開後鹿車給之。允有難載之色、禕便從前先上。及至喪所、諸葛亮及諸貴人悉集、車乘甚鮮、允猶神色未泰、而禕晏然自若。持車人還、和問之、知其如此、乃謂允曰：「吾常疑汝於文偉優劣未別也、而今而後、吾意了矣。」
先主立太子、禕與允倶為舍人、遷庶子。後主踐位、為黄門侍郎。丞相亮南征還、羣寮於數十里逢迎、年位多在禕右、而亮特命禕同載、由是衆人莫不易觀。亮以初從南歸、以禕為昭信校尉使呉。孫權性既滑稽、嘲啁無方、諸葛恪・羊衜等才博果辯、論難鋒至、禕辭順義篤、據理以答、終不能屈。權甚器之、謂禕曰：「君天下淑德、必當股肱蜀朝、恐不能數來也。」還、遷為侍中。亮北住漢中、請禕為參軍。以奉使稱旨、頻煩至呉。建興八年、轉為中護軍、後又為司馬。値軍師魏延與長史楊儀相憎惡、毎至並坐爭論、延或舉刃擬儀、儀泣涕橫集。禕常入其坐間、諫喩分別、終亮之世、各盡延・儀之用者、禕匡救之力也。亮卒、禕為後軍師。頃之、代蔣琬為尚書令。琬自漢中還涪、禕遷大將軍、録尚書事。
延熙七年、魏軍次于興勢、假禕節、率衆往禦之。光祿大夫來敏至禕許別、求共圍棊。于時羽檄交馳。人馬擐甲、嚴駕已訖、禕與敏留意對戲、色無厭倦。敏曰：「向聊觀試君耳！君信可人、必能辦賊者也。」禕至、敵遂退、封成郷侯。琬固讓州職、禕復領益州刺史。禕當國功名、略與琬比。十一年、出住漢中。自琬及禕、雖自身在外、慶賞刑威、皆遙先諮斷、然後乃行、其推任如此。後十四年夏、還成都、成都望氣者云都邑無宰相位、故冬復北屯漢壽。延熙十五年、命禕開府。十六年歳首大會、魏降人郭循在坐。禕歡飲沈醉、為循手刃所害、諡曰敬侯。子承嗣、為黄門侍郎。承弟恭、尚公主。禕長女配太子璿為妃。
ここで大将軍が進駐地で開府する方針に回帰しています。魏の荊州管区の分割を警戒したか、司馬懿の死後の混乱を期待しての措置でしょうか。漢中ではなく漢寿というのが微妙な距離感ですが。
十六年（253）の歳首の大宴会の折、魏の降人の郭循が坐に在った。費禕は歓飲沈酔し、郭循の手刃にて害された。諡して敬侯といった。子の費承が嗣ぎ、黄門侍郎となった。費承の弟の費恭は公主を尚（めと）った[6]。費禕の長女は太子劉璿に配偶されて妃となった。費禕の有名なエピソードは『費禕別伝』に取材しているものも多いですが、著者不詳で、しかも歴史上の個人名を冠しているあたり、『趙雲別伝』並に小説臭がします。まぁ別に小説として費禕を語るのには絶好の資料ではありますが、『別伝』の信憑性をスルーして、さも事実だったかのように語ってしまう百科事典系とかどうなのよ？
殷基は孫権時代に呉の零陵太守だった殷礼の子で、西晋では尚書左丞を務めたと“百度百科”にあります。殷礼は241年に孫権に総力戦を提言したと『漢晋春秋』は申していますが、その子であれば時期的には呉人時代も長かった筈。『通語』はきっと呉で書いたものでしょう。
姜維字伯約、天水冀人也。少孤、與母居。好鄭氏學。仕郡上計掾、州辟為從事。以父冏昔為郡功曹、値羌・戎叛亂、身衞郡將、沒於戰場、賜維官中郎、參本郡軍事。建興六年、丞相諸葛亮軍向祁山、時天水太守適出案行、維及功曹梁緒・主簿尹賞・主記梁虔等從行。太守聞蜀軍垂至、而諸縣響應、疑維等皆有異心、於是夜亡保上邽。維等覺太守去、追遲、至城門、城門已閉、不納。維等相率還冀、冀亦不入維。維等乃倶詣諸葛亮。會馬謖敗於街亭、亮拔將西縣千餘家及維等還、故維遂與母相失。亮辟維為倉曹掾、加奉義將軍、封當陽亭侯、時年二十七。亮與留府長史張裔・參軍蔣琬書曰：「姜伯約忠勤時事、思慮精密、考其所有、永南・季常諸人不如也。其人、涼州上士也。」又曰：「須先教中虎歩兵五六千人。姜伯約甚敏於軍事、既有膽義、深解兵意。此人心存漢室、而才兼於人、畢教軍事、當遣詣宮、覲見主上。」後遷中監軍征西將軍。
これに楊氏と趙氏が加われば、馬超に抵抗した天水の氏族が再び！のような感じになります。郡の功曹や主簿は基本的に地元の名士が任命されるものなので、この五姓を天水郡の著姓と見る事ができます。
太守は蜀軍が今にも至ろうとしており、諸県が響応していると聞くと、姜維ら皆なに異心があるかと疑い、夜間に逃亡して上邽（天水市区）を保った。姜維らは太守が去ったと覚ると遅れて追い、城門に至ったが、城門は已に閉ざされて納れなかった。姜維らは相い率いて冀城（天水市甘谷）に還ったが、冀も亦た姜維を入れなかった。姜維らはかくして倶に諸葛亮に詣った。おりしも馬謖が街亭で敗れ、諸葛亮は抜いた西県の千余家および姜維らを率いて還り、そのため姜維は母と相い別れた[2]。これは副官に人材報告をしただけように見えますが、張裔・李邵とも益州の人で、蔣琬・馬良とも荊州出身という点を考えると、張裔を通して蜀の、蔣琬を通して劉備譜代の社交界に通達したも同然の措置となります。蜀はともすると“益州人が抑え込まれた政権”との印象を受けますが、少なくとも政府中枢がまともに機能していた時代には、このようにバランスが配慮された布陣をしていました。その上で蜀人がトップに就けなかったのは、諍い好きの素性がマズかったんでは…。
又た 「何より先ず中虎歩兵五・六千人を教練しなければならない。姜伯約は軍事に甚だ敏く、胆義もあり、深く軍事を理解している。この人の心は漢室に存り、しかも才は人を兼ね（倍し）、軍事の教練を畢（お）えたら遣って宮殿に詣らせ、主上に参覲させたい」[3] 後に中監軍・征西将軍に遷った。雑号とはいえいきなり将軍号とか！ 郭脩の場合もそうですが、魏からの亡命者に対する官爵の授受は過剰気味で、宣伝効果が期待された事を考慮しても、後発の蜀漢陣営の人材の薄さを思わせます。例えばこの巻の蔣琬・費禕・姜維などは魏にいたら名を残せたかどうかも怪しく、諸葛亮にしても三公に列したかどうか微妙な処です。姜維については諸葛亮の存命中に征西将軍という事で、この頃から羌族に対する影響力が期待されていた節があります。目指せ馬超？
十二年、亮卒、維還成都、為右監軍輔漢將軍、統諸軍、進封平襄侯。延熙元年、隨大將軍蔣琬住漢中。琬既遷大司馬、以維為司馬、數率偏軍西入。六年、遷鎮西大將軍、領涼州刺史。十年、遷衞將軍、與大將軍費禕共録尚書事。是歳、汶山平康夷反、維率衆討定之。又出隴西・南安・金城界、與魏大將軍郭淮・夏侯霸等戰於洮西。胡王治無戴等舉部落降、維將還安處之。十二年、假維節、復出西平、不克而還。維自以練西方風俗、兼負其才武、欲誘諸羌・胡以為羽翼、謂自隴以西可斷而有也。毎欲興軍大舉、費禕常裁制不從、與其兵不過萬人。
諸葛亮の下での姜維の実際の軍事活動は不明です。だのに諸葛亮の死で右監軍で輔漢将軍だとは、それなりの実績を挙げていたと見るべきで、倉曹掾のような実務の他、隴右方面への調略で実績を挙げていたものと思われます。姜維の記録は北伐に偏重してしまって武将のイメージが強く、歴とした士大夫教育を受けた名士である事をつい忘れてしまいそうになります。
六年（243）、鎮西大将軍に遷り、涼州刺史を兼領した。十年（247）、衛将軍に遷り、大将軍費禕と共に録尚書事となった。この歳、汶山の平康夷が反き、姜維は手勢を率いて討って平定した。又た（翌年に）隴西・南安・金城の界内に出戦し、魏の大将軍郭淮・夏侯霸らと洮西で戦った。胡王の治無戴らが部落を挙げて降り、姜維は率いて還って（繁県に）安んじた。費禕が死ぬまでの姜維の軍事は、郭淮伝で補えます。この時の戦況も郭淮伝に詳しいんですが、作戦は既に前年（247）から始まっていて、隴右諸郡の羌族が蜀軍を呼び込み、この時は北上した姜維は臨洮（定西市岷県）の手前で撃退されています。本文で述べている隴右諸郡への出征と洮西での郭淮らとの交戦は治無戴と合流する為の北上で、河関（青海省同仁）・白土（臨夏市臨夏）の蛾遮塞らとの合流も視野に入れていたようです。魏軍を牽制する為か陰平太守廖化には成重山に築城させましたが、郭淮が廖化を攻めた為に北上を中断して廖化を救い出し、治無戴らを伴って帰還した、というものです。
十二年（249）、姜維に節を仮し、復た西平（青海省西寧地区）に出戦させたが、勝てずに還った。 この時は西平の遥か手前、麴山で戦い、魏では陳泰が雍州刺史に就いた直後の事です。姜維は麴山に両砦を築いて句安・李歆に守らせた処、陳泰・鄧艾らに麴山を封鎖され、急ぎ旋回したものの持久策に手も足も出ず、郭淮が洮水から挟撃する構えを見せた為に麴山を救えないまま撤退したというものです。
麴山の所在はよく判りませんが、洮水から挟撃されると困る位置で、郭淮伝では翅上とあるので、為翅の近郊、臨洮（岷県）から祁山の間の何処かになると思われます。アバウトすぎて申し訳ありません。少なくとも、観光情報などで紹介される事もある広元市元壩区北西界の大朝郷牛頭山村の界隈ではありません。
250年まで姜維は連年出征しています。費禕が統制しきれていないのか、費禕の戦略の一環として動いているのか判断に困る処ですが、戦果も碌に挙げていないのに出征に反対する総帥が仮節まで許すか？ という疑問があるので、やはり費禕の戦略の一環ではないかとの気がします。蔣琬は祁山ルートに対して漢水ルートを構想しました。だったら費禕が大軍での占領政策に対して氐羌の動揺と呼応を誘う攪乱戦法を採ったっていいじゃない。まぁただ、姜維がそれに納得していないのは費禕の死後の行動で明らかですが。
十六年春、禕卒。夏、維率數萬人出石營、經董亭、圍南安、魏雍州刺史陳泰解圍至洛門、維糧盡退還。明年、加督中外軍事。復出隴西、守狄道長李簡舉城降。進圍襄武、與魏將徐質交鋒、斬首破敵、魏軍敗退。維乘勝多所降下、拔〔河關〕・狄道・臨洮三縣民還。
後十八年、復與車騎將軍夏侯霸等倶出狄道、大破魏雍州刺史王經於洮西、經衆死者數萬人。經退保狄道城、維圍之。魏征西將軍陳泰進兵解圍、維卻住鍾題。
十九年春、就遷維為大將軍。更整勒戎馬、與鎮西大將軍胡濟期會上邽、濟失誓不至、故維為魏大將鄧艾所破於段谷、星散流離、死者甚衆。衆庶由是怨讟、而隴已西亦騷動不寧、維謝過引負、求自貶削。為後將軍、行大將軍事。
姜維の問責に隴右の離背が含まれていたという事は、これまで頻繁に出征していた金城郡や南安郡・西平郡などの隴右に対して既得権を持っていたと解釈できます。蜀漢の影響力がどの層にどの程度及んでいたかは不明ですが、魏が主要都市や要害の確保を重視して鄙邑（郷邑・亭邑）や羌族の掌握を軽視し、そうした勢力に蜀漢に通じる者が多かったのかも知れません。特に馬超や姜維が影響力を持っていたとされる羌族は、現地では少数派というには無視できない程の勢力を持っていましたし。
前年の洮西の役では“一州の危機”が強調され、この時の戦功で鄧艾が都督隴右諸軍事とされているので、両戦をきっかけに魏が隴右経営を本格化したと見て良さそうです。
二十年、魏征東大將軍諸葛誕反於淮南、分關中兵東下。維欲乘虚向秦川、復率數萬人出駱谷、徑至沈嶺。時長城積穀甚多而守兵乃少、聞維方到、衆皆惶懼。魏大將軍司馬望拒之、鄧艾亦自隴右、皆軍于長城。維前住芒水、皆倚山為營。望・艾傍渭堅圍、維數下挑戰、望・艾不應。景耀元年、維聞誕破敗、乃還成都。復拜大將軍。
この魏の兵力移動は魏志では確認できません。そもそも魏の防衛構想では揚州と関中は連動せず、中原の兵力を適宜増援として各地に振り向けるものです。隴西には鄧艾が隴右諸軍事として居り、関中には雍涼二州諸軍事として司馬望が控えています。状況的には、関右に増援が出される可能性が低くなっていたというだけです。
時に長城（城邑名）の積穀は甚だ多く、しかも守兵は少なく、姜維が到ると聞くと守兵は皆な惶懼した。魏の大将軍司馬望はこれを拒ぎ、鄧艾も亦た隴右より至り、皆な長城に駐軍した。姜維は前進して芒水に住（とど）まり、皆な山に倚って設営した。司馬望・鄧艾は渭河の傍らに固囲を為し、姜維はしばしば下って挑戦したが、司馬望・鄧艾は応じなかった。景耀元年（258）、姜維は諸葛誕が破敗したと聞き、かくして成都に還った。復た大将軍に拝された。初、先主留魏延鎮漢中、皆實兵諸圍以禦外敵、敵若來攻、使不得入。及興勢之役、王平捍拒曹爽、皆承此制。維建議、以為錯守諸圍、雖合周易「重門」之義、然適可禦敵、不獲大利。不若使聞敵至、諸圍皆斂兵聚穀、退就漢・樂二城、使敵不得入平、且重關鎮守以捍之。有事之日、令游軍並進以伺其虚。敵攻關不克、野無散穀、千里縣糧、自然疲乏。引退之日、然後諸城並出、與游軍并力搏之、此殄敵之術也。於是令督漢中胡濟卻住漢壽、監軍王含守樂城、護軍蔣斌守漢城、又於西安・建威・武衞・石門・武城・建昌・臨遠皆立圍守。
諸囲を交錯させて守るのは、『周易』の“重門”の意義[※]に合致し、敵を禦ぐには適っているとはいえ、大いなる利を獲ることはありません。敵が至ると聞いてから諸囲が皆な兵を斂め穀を聚め、漢・楽の二城に退就し、敵が平地に入れぬようにし、加えて関鎮の守りを重ねて捍ぐに越した事はありません。有事の日には、游軍に並進させてその虚を伺わせるのです。敵は関を攻めても勝てず、野には散穀も無く、千里の懸隔を運糧すれば、自ら疲乏するのは当然であります。引退の日に諸城から揃って出撃し、游軍と併力してこれを搏つのです。これこそ殄敵の術であります。
※ 侵入者に備えて、予め錠を幾重にも施すというもの。
簡略化すれば、漢中盆地への侵入を防いでいた従来の体制から、盆地自体を防衛拠点としてしまおうというものです。督漢中なのに胡済を漢中から外したあたりに姜維の恨み節が観て取れます。
五年、維率衆出漢・侯和、為鄧艾所破、還住沓中。維本羈旅託國、累年攻戰、功績不立、而宦官黄皓等弄權於内、右大將軍閻宇與皓協比、而皓陰欲廢維樹宇。維亦疑之。故自危懼、不復還成都。六年、維表後主：「聞鍾會治兵關中、欲規進取、宜並遣張翼・廖化督諸軍分護陽安關口・陰平橋頭以防未然。」皓徴信鬼巫、謂敵終不自致、啓後主寢其事、而羣臣不知。及鍾會將向駱谷、鄧艾將入沓中、然後乃遣右車騎廖化詣沓中為維援、左車騎張翼・輔國大將軍董厥等詣陽安關口以為諸圍外助。比至陰平、聞魏將諸葛緒向建威、故住待之。月餘、維為鄧艾所摧、還住陰平。鍾會攻圍漢・樂二城、遣別將進攻關口、蔣舒開城出降、傅僉格闘而死。會攻樂城、不能克、聞關口已下、長驅而前。翼・厥甫至漢壽、維・化亦舍陰平而退、適與翼・厥合、皆退保劍閣以拒會。會與維書曰：「公侯以文武之德、懷邁世之略、功濟巴・漢、聲暢華夏、遠近莫不歸名。毎惟疇昔、嘗同大化、呉札・鄭喬、能喩斯好。」維不答書、列營守險。會不能克、糧運縣遠、將議還歸。
閻于が黄皓の党人だとする見解は、恐らくこの“閻于與皓協比”が元になっていると思われますが、蜀志本文でこれを裏付けるものはありません。庲降都督や巴東都督など、ただの奸佞では務まらない部署で実績を挙げている事から、主張や黄皓との距離感などは諸葛瞻・董厥と同様で、姜維への対抗馬として黄皓が注目したのではないでしょうか。
六年（263）、姜維が後主に上表した 「聞けば鍾会は関中の兵を治め、進んで取る事を規（はか）ろうとしているとか。張翼・廖化を揃って遣り、諸軍を督して分けて陽安関口・陰平橋頭を護らせ、未然に防ぐのが妥当です」而鄧艾自陰平由景谷道傍入、遂破諸葛瞻於緜竹。後主請降於艾、艾前據成都。維等初聞瞻破、或聞後主欲固守成都、或聞欲東入呉、或聞欲南入建寧、於是引軍由廣漢・郪道以審虚實。尋被後主敕令、乃投戈放甲、詣會於涪軍前、將士咸怒、拔刀砍石。
會厚待維等、皆權還其印號節蓋。會與維出則同轝、坐則同席、謂長史杜預曰：「以伯約比中土名士、公休・太初不能勝也。」會既構鄧艾、艾檻車徴、因將維等詣成都、自稱州牧以叛。欲授維兵五萬人、使為前驅。魏將士憤怒、殺會及維、維妻子皆伏誅。
比較している相手は陳寿の故意によるものですが、この鍾会の待遇ぶりからも、姜維の学識と家門の確かさが伺えます。鍾会は名家の御曹司でプライドも高く、官位や家門だけで畏れいるようなタマではありませんので。姜維と共に蜀に降った梁緒・尹賞・梁虔が揃って中央の二千石に進んでいるのも、名門故でしょう。
鍾会が鄧艾を構陥し、鄧艾が檻車で徴されると、姜維らを率いて成都に詣り、自ら州牧を称して叛いた[9]。姜維に兵五万人を授けて前駆させようとした。魏の将士は憤怒して鍾会および姜維を殺し、姜維の妻子も皆な誅に伏した[10]。郤正著論論維曰：「姜伯約據上將之重、處羣臣之右、宅舍弊薄、資財無餘、側室無妾媵之褻、後庭無聲樂之娯、衣服取供、輿馬取備、飲食節制、不奢不約、官給費用、隨手消盡；察其所以然者、非以激貪厲濁、抑情自割也、直謂如是為足、不在多求。凡人之談、常譽成毀敗、扶高抑下、咸以姜維投厝無所、身死宗滅、以是貶削、不復料擿、異乎春秋褒貶之義矣。如姜維之樂學不倦、清素節約、自一時之儀表也。」
維昔所倶至蜀、梁緒官至大鴻臚、尹賞執金吾、梁虔大長秋、皆先蜀亡沒。
評曰：蔣琬方整有威重、費禕寬濟而博愛、咸承諸葛之成規、因循而不革、是以邊境無虞、邦家和一、然猶未盡治小之宜、居靜之理也。姜維粗有文武、志立功名、而翫衆黷旅、明斷不周、終致隕斃。老子有云：「治大國者猶烹小鮮。」況於區區蕞爾、而可屡擾乎哉？