程昱字仲德、東郡東阿人也。長八尺三寸、美鬚髯。黄巾起、縣丞王度反應之、燒倉庫。縣令踰城走、吏民負老幼東奔渠丘山。昱使人偵視度、度等得空城不能守、出城西五六里止屯。昱謂縣中大姓薛房等曰：「今度等得城郭不能居、其勢可知。此不過欲虜掠財物、非有堅甲利兵攻守之志也。今何不相率還城而守之？且城高厚、多穀米、今若還求令、共堅守、度必不能久、攻可破也。」房等以為然。吏民不肯從、曰：「賊在西、但有東耳。」昱謂房等：「愚民不可計事。」乃密遣數騎舉幡于東山上、令房等望見、大呼言「賊已至」、便下山趣城、吏民奔走隨之、求得縣令、遂共城守。度等來攻城、不能下、欲去。昱率吏民開城門急撃之、度等破走。東阿由此得全。
「今、王度らは城郭を得ても居られず、その勢力の程が推知できようというもの。これは財物を虜掠せんとしたに過ぎず、堅甲利兵(堅固な鎧と鋭利な武器)で攻守しようとの志があるのではない。今、どうして相い率いて城に還ってこれを守らないのか？ しかも城壁は高く厚く、穀米は多く、今もし還って県令を捜求し、共に堅守すれば、王度は必ず久しくは支えられず、攻めれば破れよう」 。
薛房らは納得したが、吏民は従う事を肯んぜず、「賊は西方に在り、（行く先は）ただ東があるだけだ」 と。程昱が薛房らに謂うには 「愚民は事を計れぬ」 。かくして密かに数騎を遣って東山の上に幡を挙げさせ、薛房らに望見すると大呼して 「賊が已に至った」 と言わせてたちまち下山して城に赴かせた。吏民は奔走してこれに随い、捜求して県令を得、かくて共に城を守った。王度らは城に来攻したものの、下せずに去ろうとした。程昱は吏民を率いて城門を開くとこれを急しく撃ち、王度らは破走した。東阿はこれによって全きを得た。初平中、兗州刺史劉岱辟昱、昱不應。是時岱與袁紹・公孫瓚和親、紹令妻子居岱所、瓚亦遣從事范方將騎助岱。後紹與瓚有隙。瓚撃破紹軍、乃遣使語岱、令遣紹妻子、使與紹絶。別敕范方：「若岱不遣紹家、將騎還。吾定紹、將加兵于岱。」岱議連日不決、別駕王彧白岱：「程昱有謀、能斷大事。」岱乃召見昱、問計、昱曰：「若棄紹近援而求瓚遠助、此假人於越以救溺子之説也。夫公孫瓚、非袁紹之敵也。今雖壞紹軍、然終為紹所禽。夫趣一朝之權而不慮遠計、將軍終敗。」岱從之。范方將其騎歸、未至、瓚大為紹所破。岱表昱為騎都尉、昱辭以疾。
董卓討伐に際して三者が手を組んでいたという記述ですが、盟友でも信頼する部下でもない相手に妻子を預けるというのは人質を差し出すのに等しく、山東起義の実質的な盟主が酸棗同盟を代表する劉岱だという事を示す一文であります。我が道を往くタイプの公孫瓚すら、酸棗同盟を無視できなかったようです。
後に袁紹は公孫瓚と隙を生じた。公孫瓚は袁紹の軍を撃破すると、使者を遣って劉岱に語らせるには、袁紹の妻子を（こちらに）遣わせ、袁紹と絶交するようにと。別に范方に命じるには 「もし劉岱が袁紹の家属を遣わさねば、（増援の）騎兵を率いて還れ。俺が袁紹を定めたら、劉岱に兵事を加えてやる」 と。劉岱は議すこと連日になっても決せず、別駕王彧が劉岱に建白するには 「程昱には謀才があり、大事を決断できます」 と。劉岱はかくして程昱を召見し、計りごとを問うた。程昱曰く 「もし近援たる袁紹を棄てて遠助たる公孫瓚を求めれば、それは人を越に仮りてから溺子を救うというものです。そも公孫瓚は袁紹の敵ではありません。今は袁紹の軍を壊したとはいえ、終には袁紹に禽われる事になりましょう。一朝の権宜に赴いて遠計を思慮せねば、将軍は終には敗れましょう」 と。劉岱はこれに従った。范方はその騎兵を率いて帰ったが、至る前に公孫瓚は大いに袁紹に破られた。劉岱は上表して程昱を騎都尉としたが、程昱は疾病を理由に辞退した。劉岱為黄巾所殺。太祖臨兗州、辟昱。昱將行、其郷人謂曰：「何前後之相背也！」昱笑而不應。太祖與語、説之、以昱守壽張令。太祖征徐州、使昱與荀彧留守鄄城。張邈等叛迎呂布、郡縣響應、唯鄄城・范・東阿不動。布軍降者、言陳宮欲自將兵取東阿、又使氾嶷取范、吏民皆恐。彧謂昱曰：「今兗州反、唯有此三城。宮等以重兵臨之、非有以深結其心、三城必動。君、民之望也、歸而説之、殆可！」昱乃歸、過范、説其令靳允曰：「聞呂布執君母弟妻子、孝子誠不可為心！ 今天下大亂、英雄並起、必有命世、能息天下之亂者、此智者所詳擇也。得主者昌、失主者亡。陳宮叛迎呂布而百城皆應、似能有為、然以君觀之、布何如人哉！ 夫布、麤中少親、剛而無禮、匹夫之雄耳。宮等以勢假合、不能相君也。兵雖衆、終必無成。曹使君智略不世出、殆天所授！ 君必固范、我守東阿、則田單之功可立也。孰與違忠從惡而母子倶亡乎？ 唯君詳慮之！」 允流涕曰：「不敢有二心。」 時氾嶷已在縣、允乃見嶷、伏兵刺殺之、歸勒兵守。昱又遣別騎絶倉亭津、陳宮至、不得渡。昱至東阿、東阿令棗祗已率厲吏民、拒城堅守。又兗州從事薛悌與昱協謀、卒完三城、以待太祖。太祖還、執昱手曰：「微子之力、吾無所歸矣。」 乃表昱為東平相、屯范。
太祖與呂布戰于濮陽、數不利。蝗蟲起、乃各引去。於是袁紹使人説太祖連和、欲使太祖遷家居鄴。太祖新失兗州、軍食盡、將許之。時昱使適還、引見、因言曰：「竊聞將軍欲遣家、與袁紹連和、誠有之乎？」太祖曰：「然。」昱曰：「意者將軍殆臨事而懼、不然何慮之不深也！夫袁紹據燕・趙之地、有并天下之心、而智不能濟也。將軍自度能為之下乎？ 將軍以龍虎之威、可為韓・彭之事邪？今兗州雖殘、尚有三城。能戰之士、不下萬人。以將軍之神武、與文若・昱等、收而用之、霸王之業可成也。願將軍更慮之！」太祖乃止。
これが“超世の英傑”と謳われた曹操か？ と思わせるほど自信なさ気な曹操であります。荀彧伝然り、郭嘉伝然り、謀臣の功績を称揚するためには彼らが如何に曹操を翻意させて成功に導いたかと記述しなければいけませんが、曹操は才能面はともかく、メンタル面はどうも躁鬱の振幅が大きいように思えます。やはり芸術家気質というヤツでしょうか。袁紹との力関係も無視してはいけない要因です。劉岱系の実力者/張邈の勢力を削ぐ為に袁紹に送り込まれたのが曹操で、当時の袁紹にとっての曹操は部下の一人に過ぎません。その部下が見事に任務に失敗し、寝返りを警戒されて家族の供出を求められたという構図ですこれは。
天子都許、以昱為尚書。兗州尚未安集、復以昱為東中郎將、領濟陰太守、都督兗州事。劉備失徐州、來歸太祖。昱説太祖殺備、太祖不聽。語在武紀。後又遣備至徐州要撃袁術、昱與郭嘉説太祖曰：「公前日不圖備、昱等誠不及也。今借之以兵、必有異心。」 太祖悔、追之不及。會術病死、備至徐州、遂殺車冑、舉兵背太祖。頃之、昱遷振威將軍。袁紹在黎陽、將南渡。時昱有七百兵守鄄城、太祖聞之、使人告昱、欲益二千兵。昱不肯、曰：「袁紹擁十萬衆、自以所向無前。今見昱兵少、必輕易不來攻。若益昱兵、過則不可不攻、攻之必克、徒兩損其勢。願公無疑！」太祖從之。紹聞昱兵少、果不往。太祖謂賈詡曰：「程昱之膽、過于賁・育。」 昱收山澤亡命、得精兵數千人、乃引軍與太祖會黎陽、討袁譚・袁尚。譚・尚破走、拜昱奮武將軍、封安國亭侯。 太祖征荊州、劉備奔呉。論者以為孫權必殺備、昱料之曰：「孫權新在位、未為海内所憚。曹公無敵於天下、初舉荊州、威震江表、權雖有謀、不能獨當也。劉備有英名、關羽・張飛皆萬人敵也、權必資之以禦我。難解勢分、備資以成、又不可得而殺也。」權果多與備兵、以禦太祖。是後中夏漸平、太祖拊昱背曰：「兗州之敗、不用君言、吾何以至此？」 宗人奉牛酒大會、昱曰：「知足不辱、吾可以退矣。」乃自表歸兵、闔門不出。
※ ともに斉の伝説的な怪力の士。漢三国の当時、後世の関・張なみの知名度がありました。夏育は“重さ千鈞を挙ぐ”と、孟賁は“猛牛の角を抜く”と称されました。孟賁は秦の武王と鼎の挙げ比べをして武王を事故死させてしまい、そのせいで族滅された孟説の別名でもありますが、夏育と並置するには躊躇われます。いずれにしても胆力については否定しませんが、胆略と云われると……。
曹操が荊州を征伐すると、劉備は呉に奔った。論者は、孫権は必ず劉備を殺すと考えたが、程昱が料るには昱性剛戻、與人多迕。人有告昱謀反、太祖賜待益厚。魏國既建、為衞尉、與中尉邢貞爭威儀、免。文帝踐阼、復為衞尉、進封安郷侯、增邑三百戸、并前八百戸。分封少子延及孫曉列侯。方欲以為公、會薨、帝為流涕、追贈車騎將軍、諡曰肅侯。子武嗣。武薨、子克嗣。克薨、子良嗣。
この邢貞については、太常として呉に使いし、尊大な態度で張昭・徐盛を激怒させたと云う逸話が呉志で紹介されています。剛戻な者同士、程昱とは磁石のように反発した事でしょう。人格的な問題が隠せそうにない邢貞ですが、外交官は基本的に文学的な素養が必須なので、決して性格悪いだけの人物ではない筈です。
文帝が踐阼すると再び衛尉となり、安郷侯に進封されて食邑三百戸を増され、前と併せて八百戸となった。分封して少子程延および孫の程曉が侯に列した。三公にしようかという時にたまたま薨じ、帝は流涕して車騎将軍を追贈し、粛侯と諡した[5]。子の程武が嗣いだ。程武が薨じ、子の程克が嗣いだ。程克が薨じ、子の程良が嗣いだ。嘉平中為黄門侍郎。時校事放橫、曉上疏曰：「周禮云：『設官分職、以為民極。』春秋傳曰：『天有十日、人有十等。』愚不得臨賢、賤不得臨貴。於是並建聖哲、樹之風聲。明試以功、九載考績。各脩厥業、思不出位。故欒書欲拯晉侯、其子不聽；死人橫於街路、邴吉不問。上不責非職之功、下不務分外之賞、吏無兼統之勢、民無二事之役、斯誠為國要道、治亂所由也。遠覽典志、近觀秦漢、雖官名改易、職司不同、至于崇上抑下、顯分明例、其致一也。初無校事之官干與庶政者也。昔武皇帝大業草創、衆官未備、而軍旅勤苦、民心不安、乃有小罪、不可不察、故置校事、取其一切耳、然檢御有方、不至縱恣也。此霸世之權宜、非帝王之正典。其後漸蒙見任、復為疾病、轉相因仍、莫正其本。遂令上察宮廟、下攝衆司、官無局業、職無分限、隨意任情、唯心所適。法造於筆端、不依科詔；獄成於門下、不顧覆訊。其選官屬、以謹慎為粗疏、以謥詷為賢能。其治事、以刻暴為公嚴、以循理為怯弱。外則託天威以為聲勢、内則聚羣姦以為腹心。大臣恥與分勢、含忍而不言、小人畏其鋒芒、鬱結而無告。至使尹模公于目下肆其奸慝；罪惡之著、行路皆知、纖惡之過、積年不聞。既非周禮設官之意、又非春秋十等之義也。今外有公卿將校總統諸署、内有侍中尚書綜理萬機、司隸校尉督察京輦、御史中丞董攝宮殿、皆高選賢才以充其職、申明科詔以督其違。若此諸賢猶不足任、校事小吏、益不可信。若此諸賢各思盡忠、校事區區、亦復無益。若更高選國士以為校事、則是中丞司隸重增一官耳。若如舊選、尹模之奸今復發矣。進退推算、無所用之。昔桑弘羊為漢求利、卜式以為獨烹弘羊、天乃可雨。若使政治得失必感天地、臣恐水旱之災、未必非校事之由也。曹恭公遠君子、近小人、國風託以為刺。衞獻公舍大臣、與小臣謀、定姜謂之有罪。縱令校事有益於國、以禮義言之、尚傷大臣之心、況姦回暴露、而復不罷、是袞闕不補、迷而不返也。」 於是遂罷校事官。曉遷汝南太守、年四十餘薨。
※1 鄢陵の役に際して、血気に逸る厲公が泥濘に陥った際、将中軍(元帥)の欒書が救おうとした処、その子で厲公の車右の欒鍼が押し留めて自ら救出した事。このとき欒鍼は 「人の官務を侵す“冒”、自身の官務を失う“慢”、部局を離れる“姦”の三罪を犯す勿れ」 と云ったとか。
※2 丞相の邴吉が殺人現場に直面しても職責外だとして素通りし、牛が季節外れに喘鳴している事を心配したという故事。当時の丞相はすでに執政の最高官ではなく、陰陽の調整や風俗の教化など祭祀者としての天子の代理を担っていた事を示してもいます。
呉にも校事官があり、やはり職権を濫用した事は呂壹の事跡に象徴されていますが、この程暁の上書を見る限り、呉の校事が官を対象とした一種の監察官だったのに対し、魏の校事は秘密警察として発足したようです。
しかし検挙には規矩があり、縦恣に至る事はありませんでした。これは覇王の世の仮措置であり、帝王の正典ではありません。その後に次第に信任されるようになって国家の疾病となり、そのまま正されませんでした。かくて上は宮廟を検察し、下は群司を統摂し、官としての限定された業務は無く、職務に分限の無いまま、意に随い情に任せて心に適うかどうかを問題としております。法はその筆先で捏造され、科詔にも依らず、獄事はその門下で成され、覆訊(審問と訊問)を顧みておりません。官属を選ぶに際しては謹慎を以て粗疏とし、謥詷(巧言能弁)を以て賢能としています。その職事を治めるに当っては刻暴(酷薄暴戻)を以て公厳とし、循理(道理の遵守)を以て怯弱としています。外面は天威に託して声勢とし、内面では群姦を聚めて腹心としております。大臣は勢力を競うのを恥じて含忍して言わず、小人はその鋒芒を畏れて鬱結(鬱屈)したまま告発せず、（かくして）尹模をして公然と目下にその奸慝を肆(ほしい)ままにさせるに至ったのです。※1 斉桓公・晋文公と同時代の共公の事。晋を逐われた重耳が来訪した時に大夫の釐負羈の進言を無視して礼遇せず、沐浴を覗き見るという非礼を冒した。楚に与して宋を攻め、そのため即位した重耳に国都を陥されて捕虜となった。
※2 献公が傅役の甯恵子・孫文子らを疎んじ、叛乱を招いて出奔を余儀なくされた事を指す。出奔に際して献公は宗廟に出奔の事と無罪を報告しようとしたが、嫡母の定姜は無罪の報告を許さなかった。
長々とありますが、要は官には定まった職掌と分際があり、それを逸脱している校事は不要だよ、という主旨です。それにしても、孫権の朝廷と同様の問題が生じていようとは。品行を基準に人材を任用する筈の九品官人法が、なぁなぁの気風を醸成させていたからこそ令外の官ともいうべき校事が任用された訳で、官界の土壌は違えど、呉の呂壹に対して魏の尹模といったあたりでしょうか。
嘉平といえば曹爽が処刑された後の元号ですが、『晋書』は文辞のトリックで恰かも曹爽が尹模を寵用していたかのように書いています。さて、嘉平年間の撫軍というと真っ先に司馬師が思い浮かびます。その期間は司馬懿が死んでからの僅か半年間で、又た司馬氏派の何曾が弾劾している事を考えると尹模が司馬師の直属だと考えるのは早計かとも思われますが、この当時に校事ごときが恩寵を背景に横車を押し放題できるとなると、やはり権力の出所は司馬師に求められます。であれば尹模は司馬師が反対派を弾圧するために任用したもので、その罷官は程暁らの糾弾とは関係なく、一定の目星がついた結果だとも考えられます。現に『魏書』の載せる斉王廃黜の太后令に“大長秋尹模”とあり、尹模の前歴や大長秋の職掌、当時の情勢を考えると、尹模には新たに皇后の周辺を監視するための任務が与えられていたものと思われます。
全方位的に無茶苦茶を言っていますが、徐衆さんは割と孫盛ばりに道義っぽいことを語った気になって悦に浸るタイプなので、「へーそー」 くらいの気持ちで読むのが宜しいかと。
「降る者を誅すのは、謂わば擾攘の時代に在って天下の人が雲起し、包囲の後に降った者を赦さぬ事で威を天下に示す為で、その利路を開いて包囲に至らさぬようなものです。今、天下はほぼ定まり、邦域の中に在るのは必降の賊であり、これを殺しても威懼する相手は無く、過去の誅降の意に副いません。臣が思うに、誅してはなりません。たといこれを誅するにしても、先ずは（上に）啓聞すべきであります」 。
衆議した者は 「軍事には専断の法があり、請う必要は無い」 と。程昱は答えなかった。曹丕は起って入ると、特に程昱を引見して 「君は思う処を尽くしていないのではないか？」 と。程昱曰く 「凡そ専命の事は、謂わば緊急時に臨んでの事であり、呼吸の間（しかない状況）に限られます。今、この賊を制するのは賈信の手中に在り、朝夕に変事が生じる事もありますまい。ゆえに老臣は将軍がこれを行なうのを願わぬのです」 。曹丕曰く 「君の思慮は善い」 と。即座に曹操に白(もう)した処、曹操は果して誅さなかった。曹操は還ってこれを聞くと甚だ悦び、程昱に謂うには 「君は徒らに軍計に明るいだけではなく、又た人の父子の間の対処にも善い」 。 (『魏書』)郭嘉字奉孝、潁川陽翟人也。初、北見袁紹、謂紹謀臣辛評・郭圖曰：「夫智者審于量主、故百舉百全而功名可立也。袁公徒欲效周公之下士、而未知用人之機。多端寡要、好謀無決、欲與共濟天下大難、定霸王之業、難矣！」於是遂去之。先是時、潁川戲志才、籌畫士也、太祖甚器之。早卒。太祖與荀彧書曰：「自志才亡後、莫可與計事者。汝・潁固多奇士、誰可以繼之？」彧薦嘉。召見、論天下事。太祖曰：「使孤成大業者、必此人也。」嘉出、亦喜曰：「真吾主也。」表為司空軍祭酒。
「そも智者とは主人を量って審らかにするもので、ゆえに百挙した事は百度全うし、功名は立てられるのです。袁公は徒らに周公が士に遜下した事に効(なら)わんとしておりますが、人を用いるの機微を知らぬようです。端事が多いのに肝要は寡なく、謀りごとを好んでも決断は無く、共に天下の大難を救済して霸王の業を定めようにも困難な事です！」 。
かくて去った。これより先、潁川の戯志才は籌画の士であり、曹操はこれを甚だ器重していたが、早くに卒した。曹操が荀彧に与えた書簡に曰く 「戯志才が亡くなってより後、与に事を計れる者がいない。汝・潁の地は間違いなく奇士が多く、誰に継がせたらよかろう？」 と。荀彧は郭嘉を薦めた。召見して天下の事を論じ、曹操曰く 「孤の大業を成就させるのは、必ずやこの人だ」 と。郭嘉は退出すると、亦た喜んで 「真に吾が主だ」 。上表して司空軍祭酒とした[2]。郭嘉伝で注意すべきは裴注で、十項目のうち七つまでが『傅子』由来、『魏書』が二、説話系の『世語』が一となっています。『傅子』は司馬氏派の経学者/傅玄の撰ですが、毀誉褒貶の振幅がやや大きく、とにかく文字修飾の傾向があります。同州人でもない傅玄が何故に郭嘉を持ち上げるのか。単なるファンなのか、劉曄の場合と同様に自分の人間関係を父祖の世代に反映させたのかは定かではありませんが、私情による依怙が混在しているように感じられてなりません。
征呂布、三戰破之、布退固守。時士卒疲倦、太祖欲引軍還、嘉説太祖急攻之、遂禽布。語在荀攸傳。
孫策轉闘千里、盡有江東、聞太祖與袁紹相持於官渡、將渡江北襲許。衆聞皆懼、嘉料之曰：「策新并江東、所誅皆英豪雄傑、能得人死力者也。然策輕而無備、雖有百萬之衆、無異於獨行中原也。若刺客伏起、一人之敵耳。以吾觀之、必死於匹夫之手。」 策臨江未濟、果為許貢客所殺[4]。
從破袁紹、紹死、又從討譚・尚于黎陽、連戰數克。諸將欲乘勝遂攻之、嘉曰：「袁紹愛此二子、莫適立也。有郭圖・逢紀為之謀臣、必交闘其間、還相離也。急之則相持、緩之而後爭心生。不如南向荊州若征劉表者、以待其變；變成而後撃之、可一舉定也。」 太祖曰：「善。」 乃南征。軍至西平、譚・尚果爭冀州。譚為尚軍所敗、走保平原、遣辛毗乞降。太祖還救之、遂從定鄴。又從攻譚於南皮、冀州平。封嘉洧陽亭侯。
「袁紹はこの二子を愛して嫡嗣を立てませんでした。郭図・逢紀をこれらの謀臣としており、必ずその間で闘いを交え、（いずれは）相い離れる状態に還りましょう。急しくすれば相い保持し、緩めれば後に争いを心に生じます。南のかた荊州に向かって劉表を征する如くしてその変化を待つに越した事はありません。変化が成された後にこれを撃てば、一挙動で定められます」 。
曹操曰く 「善し」 。かくして南征した。軍が（汝南の）西平(駐馬店市)に至る頃には袁譚・袁尚は果たして冀州を争いだした。袁譚は袁尚の軍に敗れ、逃走して平原に保(こも)り、辛毗を遣って降服を乞うた。曹操が還ってこれを救ったので、鄴を定めるのに従った。又た袁譚を南皮に攻めて冀州を平らげるのに従った。郭嘉は洧陽亭侯に封じられた[5]。太祖將征袁尚及三郡烏丸、諸下多懼劉表使劉備襲許以討太祖、嘉曰：「公雖威震天下、胡恃其遠、必不設備。因其無備、卒然撃之、可破滅也。且袁紹有恩于民夷、而尚兄弟生存。今四州之民、徒以威附、德施未加、舍而南征、尚因烏丸之資、招其死主之臣、胡人一動、民夷倶應、以生蹋頓之心、成覬覦之計、恐青・冀非己之有也。表、坐談客耳、自知才不足以御備、重任之則恐不能制、輕任之則備不為用、雖虚國遠征、公無憂矣。」 太祖遂行。至易、嘉言曰：「兵貴神速。今千里襲人、輜重多、難以趣利、且彼聞之、必為備；不如留輜重、輕兵兼道以出、掩其不意。」 太祖乃密出盧龍塞、直指單于庭。虜卒聞太祖至、惶怖合戰。大破之、斬蹋頓及名王已下。尚及兄熙走遼東。
「公の威は天下を震わせているとはいえ、胡慮はその遠隔を恃んできっと備えを設けてはおりますまい。その備え無きに乗じて卒然としてこれを撃てば、破滅させられましょう。しかも袁紹は民夷に恩を施しており、袁尚の兄弟は生存しているのです。今、四州の民は徒らに威に帰附しているだけで、徳・施は未だ加えておらず、（これを）捨てて南征した場合、袁尚は烏丸の資に因って死主の臣を招きましょうし、胡人が一たび動けば民夷は倶に呼応し、ひいては蹋頓に（野）心を生じ、覬覦の計(僭越の野望)が成れば恐らくは青・冀州は我らの所有ではなくなりましょう。劉表は坐談の論客に過ぎず、自らの才が劉備を御するに足りないのを知っており、これを重任すれば制御できないのを恐れており、軽任すれば劉備は用(はたら)きを為しません。国を空虚にして遠征しようと公に憂いはありません」 。
曹操はかくて行軍した。易に至ると郭嘉が進言するには 「兵は神速を貴ぶもの。今、千里の先の人を襲うのに輜重は多く、勝利に馳赴するのは困難です。しかも彼らがこれを聞けば、必ず備えを為しましょう。輜重を留め、軽兵で昼夜兼道で出撃し、その意(おも)わざるを掩撃するにこした事はありません」 と。曹操はかくして密かに盧龍塞を出て、直ちに単于庭を目指した。胡虜はにわかに曹操が至ったと聞くと惶怖のまま合戦した。大いにこれを破り、蹋頓および名王以下を斬った。袁尚および兄の袁熙は遼東に逃走した。嘉深通有算略、達於事情。太祖曰：「唯奉孝為能知孤意。」 年三十八、自柳城還、疾篤、太祖問疾者交錯。及薨、臨其喪、哀甚、謂荀攸等曰：「諸君年皆孤輩也、唯奉孝最少。天下事竟、欲以後事屬之、而中年夭折、命也夫！」 乃表曰：「軍祭酒郭嘉、自從征伐、十有一年。毎有大議、臨敵制變。臣策未決、嘉輒成之。平定天下、謀功為高。不幸短命、事業未終。追思嘉勳、實不可忘。可增邑八百戸、并前千戸。」 諡曰貞侯。子奕嗣。
後太祖征荊州還、於巴丘遇疾疫、燒船、歎曰：「郭奉孝在、不使孤至此。」初、陳羣非嘉不治行檢、數廷訴嘉、嘉意自若。太祖愈益重之、然以羣能持正、亦悅焉。奕為太子文學、早薨。子深嗣。深薨、子獵嗣。
ついでに云うなら、そもそも孫策による許襲撃計画そのものが噂話に尾ひれが生えたレベルで、だからこそそれを知っていた郭嘉も南に対しての備えを提言せずに 「孫策の今後の未来予想図」 を語ったんでしょう。
※ 筑摩訳では“省事”について、『集解』を引いて従事か徴事の誤記としています。つまり冀州の従事・司空府の掾属とした、と。
潁川の郭伯益は風流人たることを嗜好し、敏く知識もあった。その為人りは寛容さに不足し、軽視と尊重とが極端で、気に入ればその人を重んじること山の如く、気に入らなければその人を粗略にすること草の如くだった。私はこれと親密だったので昵懇したが、子らがこうなるのは願わぬ。 (王昶伝)