二年春二月乙未、太白犯熒惑。癸酉、詔曰：「鞭作官刑、所以糾慢怠也、而頃多以無辜死。其減鞭杖之制、著于令。」三月庚寅、山陽公薨、帝素服發哀、遣使持節典護喪事。己酉、大赦。夏四月、大疫。崇華殿災。丙寅、詔有司以太牢告祠文帝廟。追諡山陽公為漢孝獻皇帝、葬以漢禮。
二年（234）春二月乙未、太白星が熒惑星を犯した。癸酉、詔 「鞭刑が官刑に作られたのは、怠慢を糾
（ただ）す為であるのに、この頃は多くが無辜によって死んでいる。鞭杖の制を軽減し、法令に著
（しる）せ」
三月庚寅、山陽公（劉協）が薨じ、帝は素服で哀哭を発し、持節の使者を遣って遣喪事を典護させた。己酉、大赦した。夏四月、疫病が大発生した。崇華殿が火災した。丙寅、有司に詔して太牢にて文帝廟を祠り（献帝の死を）告げさせた。追諡して山陽公を漢孝献皇帝とし、漢の礼で葬った
[16]。
是月、諸葛亮出斜谷、屯渭南、司馬宣王率諸軍拒之。詔宣王：「但堅壁拒守以挫其鋒、彼進不得志、退無與戰、久停則糧盡、虜略無所獲、則必走矣。走而追之、以逸待勞、全勝之道也。」
この月、諸葛亮が斜谷に出て渭南に駐屯し、司馬懿が諸軍を率いてこれを拒いだ。
司馬懿に詔した。「ただただ堅壁拒守してその鋭鋒を挫け。彼が進もうとも志を得られず、退いても戦うな。久しく停軍して糧が尽き、略奪しようにも獲られなければきっと退走しよう。退走すればこれを追い、逸を以て労を待つのが全き勝利の道理である」
[17]
もう蜀軍の事情がバレバレですね。司馬懿はこの詔書を楯にして出撃したい諸将の突き上げを抑え、女性用の衣装を贈られてもときめく心を押えて袖を通すのも我慢しました。『演義』より寧ろ『秘本三国志』の方がこの時の諸葛亮に悲壮感を感じてなりません。
五月、太白晝見。孫權入居巣湖口、向合肥新城、又遣將陸議・孫韶各將萬餘人入淮・沔。六月、征東將軍滿寵進軍拒之。寵欲拔新城守、致賊壽春、帝不聽、曰：「昔漢光武遣兵縣據略陽、終以破隗囂、先帝東置合肥、南守襄陽、西固祁山、賊來輒破於三城之下者、地有所必爭也。縱權攻新城、必不能拔。敕諸將堅守、吾將自往征之、比至、恐權走也。」
秋七月壬寅、帝親御龍舟東征、權攻新城、將軍張穎等拒守力戰、帝軍未至數百里、權遁走、議・韶等亦退。羣臣以為大將軍方與諸葛亮相持未解、車駕可西幸長安。帝曰：「權走、亮膽破、大將軍以制之、吾無憂矣。」遂進軍幸壽春、録諸將功、封賞各有差。八月己未、大曜兵、饗六軍、遣使者持節犒勞合肥・壽春諸軍。辛巳、行還許昌宮。
司馬宣王與亮相持、連圍積日、亮數挑戰、宣王堅壘不應。會亮卒、其軍退還。
冬十月乙丑、月犯鎮星及軒轅。戊寅、月犯太白。十一月、京都地震、從東南來、隱隱有聲、搖動屋瓦。十二月、詔有司刪定大辟、減死罪。
五月、太白星が昼に出見した。孫権が居巣の湖口に入って
合肥新城に向い、又た将軍の陸議・孫韶を遣り、各々万余人を率いて淮河・沔水に入らせた。六月、征東将軍満寵が軍を進めてこれを拒いだ。満寵は新城の守備を抜いて賊を寿春に致らせたいとしたが、帝は聴許せず 「昔、漢の光武帝は兵を遣って略陽に懸拠させ、終に隗囂を破った。先帝は東に合肥を置き、南は襄陽を守り、西は祁山を固め、賊が来襲するたびに三城の下で破った。地には必争の所があるのだ。孫権は縦
（ほしいまま）に新城を攻めたが、きっと抜くことは出来まい。諸将に堅守させよ。吾れは自ら往ってこれを征するであろう。至る頃には孫権は恐れて退走していよう」
秋七月壬寅、帝は親しく龍舟を御して東征した。孫権は新城を攻め、将軍の張穎らは力戦して拒守した。帝の軍が数百里も手前に至ると
孫権は遁走し、陸議・孫韶らも亦た退いた。群臣は大将軍が今も諸葛亮と対峙して解けていないのだから、車駕に西のかた長安に行幸した方が良いと考えた。帝 「孫権が退走し、諸葛亮の胆は破れていよう。大将軍が制しているのだ。吾れに憂いは無い」 かくて軍を進めて寿春に行幸し、諸将の功を録
（しら）べて封賞は各々差があった。八月己未、大いに兵威を曜
（かがや）かせ、六軍を饗応し、持節の使者を遣って合肥・寿春の諸軍を犒労した。辛巳、許昌宮に還った。
司馬懿は諸葛亮と対峙して囲柵を連ねること積日。諸葛亮はしばしば挑戦したが、司馬懿は塁を堅くして応じなかった。
諸葛亮が卒し、その軍は退還した。
冬十月乙丑、月が鎮星
（土星）および軒轅垣
（しし座頭部）を犯した。戊寅、月が太白星を犯した。十一月、京都に地震があり、東南より来て隠々たる声があり、屋瓦を揺動させた。
十二月、有司に詔して大辟
（極刑）を刪定させ、死罪を減じた。
景初元年春正月壬辰、山茌縣言黄龍見。於是有司奏、以為魏得地統、宜以建丑之月為正。三月、定暦改年為孟夏四月。服色尚黄、犧牲用白、戎事乘黑首白馬、建大赤之旂、朝會建大白之旗。改太和暦曰景初暦。其春夏秋冬孟仲季月雖與正歳不同、至於郊祀・迎氣・礿祠・蒸嘗・巡狩・蒐田・分至啓閉・班宣時令・中氣早晩・敬授民事、皆以正歳斗建為暦數之序。
景初元年（237）春正月壬辰、（青州の）山茌県が黄龍の出見を上言した。このとき有司が上奏し、魏は（三才のうち）地統を得ているから、建丑月
（従来の12月）を正月にするようにと。
三月、暦を定め年号を改め、（この月を）孟夏四月とした[21]。服の色は黄を尚
（たっと）び、犧牲には白獣を用い、軍事には黒首の白馬に乗り、大きく赤い旂を建て、朝会には大きく白い旗を建てた
[22]。太和暦を改めて景初暦と曰い、その春夏秋冬や孟仲季の月は正歳
（夏正）と同じでなかったとはいえ、郊祀・迎気・礿祠蒸嘗・巡狩・蒐田・分至と啓閉・時令の班宣・中気の早晩・民事を授ける事
[※]は皆な正歳
（夏正）の建てた暦数の序列とした。
中国の暦は冬至月を起点として子・丑・寅～と続き、建丑月は冬至月の翌月を指します。三正と総称される夏暦・殷暦・周暦の違いは極論すれば正月をどの月に置くかにあり、漢以降の歴朝の多くが採用した夏正では立春を含む建寅月が正月です。このとき曹叡は殷正に準じて正月を1月前倒しにしました。譬えるなら正月の後にクリスマスが来るようになった感じです。因みに周正では正月＝冬至月＝子月です。
太和暦については判りませんが、その前の漢末まで使用されていた四分暦は1年を365と1/4日としたものです。景初暦は呉の乾象暦同様に月の運行を詳細に観測して1年・1月の精度をもっと上げたもので、1年を365と455/1843日（365.24688）としています。
当時の太陰暦法を新暦に単純比較すること自体が本当は不適当で、例えば明帝が歿した景初三年は西暦239年とされますが、景初三年正月丁亥日（1月22日）は新暦では238年12月1日となります。自分はそこまで厳密に反映させませんが、注意喚起として書きました。
※ 郊祀は天を祀る事、迎氣は立春・立夏・立秋・立冬にそれぞれ東南西北郊で季節を祀る事、礿は夏、祠は春、蒸は冬、嘗は春の祀り、巡狩は三月に東、五月に南、八月に西、十一月に西で行う、蒐田は春秋の狩猟、分至啓閉は春分・秋分・夏至・冬至と立春立夏・立秋立冬、時令は年間行事、中氣は二十四節気、民事は農耕・徭役などの生活行事。
五月己巳、行還洛陽宮。己丑、大赦。六月戊申、京都地震。己亥、以尚書令陳矯為司徒、尚書〔右〕僕射衞臻為司空。丁未、分魏興之魏陽・錫郡之安富・上庸為上庸郡。省錫郡、以錫縣屬魏興郡。
有司奏：武皇帝撥亂反正、為魏太祖、樂用武始之舞。文皇帝應天受命、為魏高祖、樂用咸熙之舞。帝制作興治、為魏烈祖、樂用章斌之舞。三祖之廟、萬世不毀。其餘四廟、親盡迭毀、如周后稷・文・武廟祧之制。
五月己巳、洛陽宮に還った。己丑、大赦した。六月戊申、京都に地震があった。己亥、尚書令陳矯を司徒とし、尚書右僕射衞臻を司空とした。丁未、魏興郡の魏陽県、錫郡の安富・上庸県を以て上庸郡とした。錫郡を省き、錫県を魏興郡に属させた。
またですよ。張魯を降して以降、旧漢中郡東部は郡県の改変が絶えません。在地豪族の勢力が強い辺境の行政区画変更は、中央政府の影響力の消長に密接に繋がります。存外、旧新城郡の民意の不安定さが蔣琬に東征計画を発想させたのかも。
有司が上奏するには、武皇帝は乱を撥
（おさ）めて正きに反
（かえ）し、魏の太祖となって楽礼に武始の舞を用いました。文皇帝は天に応じて命を受け、魏の高祖となり、楽に咸熙の舞を用いました。（今上）帝は制度を作し治世を興し、魏の
烈祖となり、楽に章斌の舞を用いています。三祖の廟は万世に毀たれず、その他の四廟は親近が尽きれば迭毀し、周の后稷・文・武の廟祧の制と同様になされますよう
[23]。
秋七月丁卯、司徒陳矯薨。孫權遣將朱然等二萬人圍江夏郡、荊州刺史胡質等撃之、然退走。初、權遣使浮海與高句驪通、欲襲遼東。遣幽州刺史毌丘儉率諸軍及鮮卑・烏丸屯遼東南界、璽書徴公孫淵。淵發兵反、儉進軍討之、會連雨十日、遼水大漲、詔儉引軍還。右北平烏丸單于寇婁敦・遼西烏丸都督王護留等居遼東、率部衆隨儉内附。己卯、詔遼東將吏士民為淵所脅略不得降者、一切赦之。辛卯、太白晝見。淵自儉還、遂自立為燕王、置百官、稱紹漢元年。
詔青・兗・幽・冀四州大作海船。九月、冀・兗・徐・豫四州民遇水、遣侍御史循行沒溺死亡及失財産者、在所開倉振救之。庚辰、皇后毛氏卒。冬十月丁未、月犯熒惑。癸丑、葬悼毛后于愍陵。乙卯、營洛陽南委粟山為圜丘。十二月壬子冬至、始祀。丁巳、分襄陽臨沮・宜城・旍陽・邔四縣、置襄陽南部都尉。己未、有司奏文昭皇后立廟京都。分襄陽郡之鄀葉縣屬義陽郡。
秋七月丁卯、司徒
陳矯が薨じた。
何人目ですか。三公に任じられるとデスゲーム発動しますか。 魏の実権は基本的に劉放・孫資に代表される中書台にあるので、実は三公はお飾りに近いものがあります。名士として知られた人物を、そろそろヤバそうだなと察すると褒賞のように三公を授ける。だから元勲世代が軒並み退場した後は誰ソレな人が三公となり、そしてあっさりと死ぬ。三公表を作る人が情熱を萌やす事になるのです。がんばれ。
孫権が将軍の朱然ら二万人を遣って江夏郡を攻囲したが、荊州刺史
胡質らが撃って退走させた。
これより前、孫権は使者を浮海させて高句驪に遣って通好し、遼東を襲おうと考えた。幽州刺史毌丘倹を遣って諸軍および鮮卑・烏丸を率いて遼東の南界に駐屯させ、璽書にて公孫淵を徴召した。公孫淵は兵を発して反き、毋丘倹は軍を進めてこれを討ったが、たまたま雨が十日連き、遼水が大いに漲った為、詔にて毋丘倹に軍を引き還らせた。右北平烏丸の単于寇婁敦・遼西烏丸の都督王護留らは遼東に居住しており、部衆を率いて毋丘倹に随って内附した。己卯、詔して遼東の将吏士民で公孫淵に脅略されて降伏できなかった者の一切を赦した。辛卯、太白星が昼に出見した。公孫淵は毋丘倹が還った事で自立して燕王となり、百官を置き、紹漢元年と称した。
詔して青・兗・幽・冀の四州に大いに海船を作らせた。九月、冀・兗・徐・豫の四州の民が水害に遇い、侍御史を遣って循行させ、水没した溺死者および財産を失った者に官倉を開いて振恤救済した。
庚辰、皇后
毛氏が卒した。
皇后なのに“卒”なのは、罪があって殺されたからです。文帝紀黄初二年六月の甄夫人の死亡記事も同様です。皇后の位は剥奪されていないので“皇后毛氏”となっています。
冬十月丁未、月が熒惑星を犯した。癸丑、悼毛后を愍陵に葬った。
乙卯、洛陽の南の委粟山に圜丘を造営し
[24]、十二月壬子冬至に始めて祀った。丁巳、襄陽郡の臨沮・宜城・旍陽・邔の四県を分けて襄陽南部都尉を置いた。己未、有司が文昭皇后の廟を京都に立てる事を上奏した。襄陽郡の鄀葉県を分けて義陽郡に属させた
[25]。
[13]
詔 「昔、先王の礼は、功臣が存命中はその爵禄を顕かにし、歿すれば大蒸
（冬の祭祀）に祭った。そのため漢氏の功臣は廟庭で祀ったのだ。大魏の元勲功臣でも功勲が優れて顕著で、終始明白だった者は皆な礼によって祀れ」 こうして夏侯惇らを配饗
（廟に合祀）した。 (『魏書』)
[14]
秦朗、字は元明。新興の人である。献帝伝によれば、秦朗の父の名は秦宜禄といい、呂布の使者となって袁術に詣り、袁術は漢の宗室の娘を娶らせた。その前妻の杜氏は下邳に留まっていた。呂布が（曹操に）攻囲されると、関羽がしばしば太祖に請うには、杜氏を妻にしたいと。太祖はその容色を疑い、城を陥すとこれを接見し、かくして自ら納めた。秦宜禄が帰降すると銍県長とした。劉備が小沛に走った時に張飛が随っており、通過の際に秦宜禄に謂うには 「人が汝の妻を取っているのにその県長になるとは、なんと蚩蚩たる事
（愚か）ではないか！我に随って去らぬか？」 秦宜禄は従うこと数里、悔いて還ろうとした。張飛はこれを殺した。
秦朗は母に随って公宮で養われ、太祖は甚だ愛して坐席の毎に賓客に謂うには 「世に仮子を愛すること孤に勝る者がいようか？」 (『魏氏春秋』)
―― 秦朗は諸侯の間を游遨し、武帝・文帝の世を通じて咎は無かった。明帝が即位すると内官の職を授けて驍騎将軍・給事中とし、車駕の出入の毎に秦朗は常に随従した。時に明帝は摘発を好み、しばしば軽微罪で大辟
（極刑）に致した。秦朗は最後まで諫止しようとはせず、又た未だ嘗て一人の善良すら薦挙せず、帝は亦たこの為に親愛した。顧みて問う毎に多くはその小字の阿蘇と呼び、しばしば賞賜を加え、京城中に大邸宅を起工してやった。四方は秦朗が無能無益だと知っていたものの、猶おも至尊に附近している為に多くこれに賄賂を遺り、富は公侯に均しかった。 (『魏略』)
―― 秦朗の子の
秦秀は勁厲で直言に能く、晋武帝の博士となった。 (『魏晋世語』)
―― 『魏略』では秦朗を孔桂と倶に佞倖篇に記している。
孔桂は字を叔林といい、天水の人である。建安の初にしばしば将軍楊秋の使者として太祖に詣り、太祖は上表して騎都尉に拝した。孔桂の性は便辟
（阿諛）で、博弈・蹹鞠に通暁していた為に太祖に愛され、毎に左右に在って出入に随従した。孔桂は太祖の意を察し、喜楽の時に言辞のついでに曲々
（こまごま）と陳べたので、事は多く従われ、しばしば賞賜を得た。人は多く餽遺
（贈与）し、孔桂はこのため侯服玉食した。太祖が孔桂を愛していたので、五官将（曹丕）および諸侯も亦た皆な親しんだ。その後、孔桂は太祖が久しく太子を立てず、しかもその意が臨甾侯にあると見て更めて臨甾侯に親附し、五官将には簡粗となり、五官将は甚だ銜意した。太祖が薨じて文帝が王位に即いても、その罪を糾弾するには致らなかった。黄初元年（220）、先例に随って駙馬都尉に転拝された。孔桂は私かに西域から貨賂
（賄賂）を受け、人事を許諾した。事が発かれ、詔があって収監糾問され、かくて殺された。
―― 魚豢曰く、上の者は濫りに授けず、下の者は虚りに受けず、そうして外に“伐檀の歎”
[※1]が無くなり、内に“尸素の刺”
[※2]が無くなり、雍熙の美が著れ、太平の律が顕れるのだ。佞倖の徒は人主の息を窺い、徳もなく栄え、功もなく禄を得、これでは中正の人は日々に脧
（ちぢこま）り、傾邪の人はいよいよ多くなるではないか！武皇帝の賞に慎重、明皇帝の法を持すによっても猶おこのような輩があるのだ。ましてやそれ以下の者ではどうか？
※1 『詩経』魏風より。良木から伐採されて雑木しか残っていない状態。
※2 尸位素餐＝給料泥棒に対する批判。
[15]
幷州刺史畢軌が送ってきた漢の故の度遼将軍
范明友の鮮卑人奴隷は齢三百五十歳、言語飲食は常人と変らなかった。奴が云うには 「霍顕は霍光の後妻で、范明友の妻は霍光の前妻の女である」 (『魏晋世語』)
―― 時に京邑に或る人があり、その姓名は失念したが、食啖すること十人分ばかりを兼ね、かくて肥えて動けなくなった。その父は曾て遠方の長吏であり、官で彼の県に徙送し、嘗ての義理で食を供させたところ、一・二年で一郷中（の食事）が倹素になった。 (『博物志』)
―― 時に太原で冢を発き棺を破ったところ、棺中に一人の生きた婦人があり、救出して与に語ると生きた人だった。京師に送ってそうなった顛末を問うたが知らなかった。その冢上の樹木を視ると三十歳ばかりで、この婦人は三十年間を常に地中で生きていたのであろうか？あるとき欻
（にわか）に蘇生し、偶々発冢に会ったのだろうか？ (『傅子』)
[16]
帝は喪服に変じ、群臣を率いて哭礼し、
使持節行司徒の太常和洽に弔祭させ、又た使持節行大司空の大司農崔林に喪事を監護させた。
詔曰：「蓋五帝之事尚矣、仲尼盛称堯・舜巍巍蕩蕩之功者、以為禅代乃大聖之懿事也。山陽公深識天禄永終之運、禅位文皇帝以順天命。先帝命公行漢正朔、郊天祀祖以天子之礼、言事不称臣、此舜事堯之義也。昔放勛殂落、四海如喪考妣、遏密八音、明喪葬之礼同於王者也。今有司奏喪礼比諸侯王、此豈古之遺制而先帝之至意哉？今諡公漢孝献皇帝。」
太尉に一大牢を具えて文帝廟に告祠させた。曰：「叡聞夫礼也者、反本脩古、不忘厥初、是以先代之君、尊尊親親、咸有尚焉。今山陽公寝疾棄国、有司建言喪紀之礼視諸侯王。叡惟山陽公昔知天命永終於己、深観暦数允在聖躬、伝祚禅位、尊我民主、斯乃陶唐懿徳之事也。黄初受終、命公于国行漢正朔、郊天祀祖礼楽制度率乃漢旧、斯亦舜・禹明堂之義也。上考遂初、皇極攸建、允熙克譲、莫朗于茲。蓋子以継志嗣訓為孝、臣以配命欽述為忠、故『詩』称『匪棘其猶、聿追来孝』、『書』曰『前人受命、茲不忘大功』。叡敢不奉承徽典、以昭皇考之神霊。今追諡山陽公曰孝献皇帝、冊贈璽紱。
命司徒・司空持節弔祭護喪、光禄・大鴻臚為副、将作大匠・復土将軍営成陵墓、及置百官群吏、車旗服章喪葬礼儀、一如漢氏故事；喪葬所供群官之費、皆仰大司農。立其後嗣為山陽公、以通三統、永為魏賓。」
於是贈冊曰：「嗚呼、昔皇天降戻于漢、俾逆臣董卓、播厥凶虐、焚滅京都、劫遷大駕。于時六合雲擾、姦雄熛起。帝自西京、徂唯求定、臻茲洛邑。疇咨聖賢、聿改乗轅、又遷許昌、武皇帝是依。歳在玄枵、皇師肇征、迄于鶉尾、十有八載、群寇殲殄、九域咸乂。惟帝念功、祚茲魏国、大啓土宇。爰及文皇帝、斉聖広淵、仁声旁流、柔遠能邇、殊俗向義、乾精承祚、坤霊吐曜、稽極玉衡、允膺暦数、度于軌儀、克厭帝心。乃仰欽七政、俯察五典、弗采四嶽之謀、不俟師錫之挙、幽賛神明、承天禅位。祚逮朕躬、統承洪業。蓋聞昔帝堯、元愷既挙、凶族未流、登舜百揆、然後百揆時序、内平外成、授位明堂、退終天禄、故能冠徳百王、表功嵩嶽。自往迄今、彌歴七代、歳曁三千、而大運来復、庸命厎績、纂我民主、作建皇極。念重光、紹咸池、継韶夏、超群后之遐蹤、邈商・周之慚徳、可謂高朗令終、昭明洪烈之懿盛者矣。非夫漢・魏與天地合徳、與四時合信、動和民神、格于上下、其孰能至於此乎？朕惟孝献享年不永、欽若顧命、考之典謨、恭述皇考先霊遺意、闡崇弘諡、奉成聖美、以章希世同符之隆、以伝億載不朽之栄。魂而有霊、嘉茲弘休。嗚呼哀哉！」
八月壬申、山陽国に葬り、陵を禅陵といい、園邑
（墓守の集落）を置いた。埋葬の日、帝は錫衰・弁絰を着用し、哭礼は慟
（はげ）しかった。嫡孫の桂氏郷侯劉康を嗣立して山陽公とした。 (『献帝伝』)
献帝の葬儀を誰がどんな立場で主宰し、文帝への報告者とどっちの格式が上か判ればそれで良しです。文帝への報告の中で、献帝の葬儀の副官も記されていました。
[17]
諸葛亮はしばしば遣使して文書を交わしており、又た巾幗や婦人の装飾を送致したので、司馬懿は怒った。司馬懿が出戦しようとした時、
辛毗が節を杖にして詔書を奉じ、司馬懿および軍吏以下を抑え、かくして停止した。司馬懿は諸葛亮の使者を引見すると、ただその寝食および事務の煩簡を問い、軍事については問わなかった。使者が対えるには 「諸葛公は夙に起き晩くに寐ます。罰二十杖以上には皆な親し臨まれ、啖食は数升を越えません」 司馬懿 「諸葛亮の体は斃れよう。どうして久しく保とうか？」 (『魏氏春秋』)
[18]
魏の時に周王の冢を開いた者があり、殉葬の女子を発見した。数日して気が戻り、数月で語れるようになった。年は二十ばかり。京師に送詣したところ、郭太后が愛し養った。十余年して太后が崩じると、哀思哭泣して一年余で死んだ。 (顧愷之『啓蒙注』)
[19]
この年、太極諸殿を起し、総章観を築き、高さは十余丈。その上には翔鳳像を建てた。又た芳林園中には陂池を起し、楫櫂
（船頭）は越の歌を歌った。又た列殿の北には八坊を立て、諸才人を序列順にその中に居らせ、貴人夫人以上は南の殿に転じ附かせ、その秩禄は百官の制に擬した。
以下略。
帝常游宴在内、乃選女子知書可付信者六人、以為女尚書、使典省外奏事、處當畫可、自貴人以下至尚保、及給掖庭灑掃、習伎歌者、各有千數。通引穀水過九龍殿前、為玉井綺欄、蟾蜍含受、神龍吐出。使博士馬均作司南車、水轉百戲。歳首建巨獸、魚龍曼延、弄馬倒騎、備如漢西京之制、築閶闔諸門闕外罘罳。
太子舍人の張茂が見かねて諫めた。呉蜀に対して兵を動かしているのに、宮殿を造ったり飾ったりで資金難となり、又た吏民の妻となっている士女を登録して奪い、更めて士に配偶し、奴隷によって自身を贖う事を聴許し、又たその中で器量良しを選んで掖庭に納めているからである。
「士の娘で士以外に嫁いでいる女を士に再婚させる事は臨機の措置としては結構ですが、教化面ではマズイです。君子たる吏から妻を奪って小人に類する士に妻わせるのは兄の妻を弟に与えるようなものです。又た外見の似ている奴隷を身代りにする許可は、奴隷を買うために人々を破産させています。県官はこの命令を美女選びに利用し、残り者を押し付けられた士も不満なら、妻を奪われた吏も不服で、誰も喜んでいません。これは士気の上でもマズイです。
しかも戦争と出費がふえてカツカツなところに後宮で贅沢三昧などしてどうします。漢武帝の時は天下が統一されていたから何とかなりましたが、今は強敵が国外に控えています。贅沢は敵です。昔、私が散騎に献上した『要言』のうち、陛下に『聴諫篇』を褒めてもらい太子舎人に抜擢してもらったので無礼を承知で諫めてみました。かしこ」
上奏中の“士”ですが、曹魏で兵戸に登録された家を指します。兵戸は兵の貴重な供給源として身分制限が厳しく、当然、士家同士の通婚が原則奨励され、張茂が奪妻を条件付きで肯定しているのもその為です。曹叡が士家の通婚を強化し明文化したのは、曹魏の常備兵力に何らかの変化が求められたものと思われます。減少傾向に歯止めをかける為か、増強にシフトしようとしたのかは不明。
上書が通されると帝は左右を顧みて 「張茂とやらは郷里を恃んでおるのだ」 と事案を散騎に回付して済ませた。張茂、字は彦林は沛の人である。 (『魏略』)
小説などの曹叡の印象は恐らくこの『魏略』が柱になっていると思われます。火の無い所に煙が立たない前提なら、曹叡には漢武帝を思わせる一面があった事は否定できません。法律を重視するふりで自分には甘く、好色で土木工事が好き。
これまでの曹叡はどちらかというと仁君を目指す明君タイプで、豪奢系の気配は殆どありませんでした。なのに、ここにきてイキナリこんなこと書かれても困ります。士婚法は確かに強引でした。県官が点数稼ぎに利用して、結果的に曹叡好色説になりました。洛陽での贅沢についてはどの程度盛っているのか不明です。実際に宮殿建てまくってますし…。諸葛亮の最後の北伐を見るに、曹叡は蜀の事情を知っていたので、諸葛亮が死ねば一安心と 「諸葛亮が居なくなって気が緩んで本性が露れた」 とも見えます。
寧ろ正月に死んだ郭太后の存在が曹叡の箍になっていたのでしょう。
[20]
この歳、張掖郡刪丹県の金山玄川が溢涌し、宝石が卦図を負って現れた。その形状は霊亀の様で、幅一丈六尺、長さ一丈七尺一寸、周囲五丈八寸、川の西に立った。石馬が七体あり、その一つには仙人が騎乗し、その一つは羈絆され
（手綱に繋がれ）、残りの五つの形は不完全だった。その前には蓋をされた玉匣があり、上に玉字があり、玉玦が二、璜が一あった。麒麟が東に在り、鳳鳥が南に在り、白虎が西に在り、犧牛が北に在り、馬は中央に布陣して四面に列し、色は皆な蒼白だった。その南には五字があって 「上上三天王」 とあり、又た 「述大金、
大討曹、金但取之、金立中、
大金馬一匹在中、大吉開寿、此馬甲寅述水」 とあった。凡そ“中”字は六、“金”字は十あった。又た八卦および星宿・孛彗
（彗星）を象るものがあった。 (『魏氏春秋』)
讖緯なんてものは訳すもんじゃありません。当時の人だって四苦八苦しつつ都合よく解釈しているのに、後世の、それも異国の人間が手を出してどうなるもんでもない。馬が曹を討つ解釈が孫盛の意図でしょう。
―― 又た一つの雞を象ったものがあった。 (『魏晋世語』)
―― 嘗て漢の元帝・成帝の世に、先を識る士があって言うには、魏の年号に和があり、西方三千余里に石が開き、五馬を繋ぎ、文には 「大討曹」 とあるだろう、と。魏が初めて興り、張掖の柳谷に石が開き、建安年間に始めて出見し、黄初年間に形成され、太和年間に文章が備わり、周囲は七尋
（7囲え）、中央の高所は一仞
（7尺）、蒼い本質に素色の文章、龍馬・麟鹿・鳳皇・仙人を象り、粲然として咸な著明だった。この一事は魏・晋が代興する符牒であった。晋の泰始三年になって張掖太守焦勝が上言し、郡のものと本国の図を今の石文と校閲すると、文字が多少不同なので謹んで図を具えて上呈する、と。調べるとその文様には五馬の象があり、その一つには上が平らな幘
（頭巾）の人があり、戟を執ってこれに乗り、その一つは馬の形として不完全だった。その字には“金”、“中”、“大司馬”、“王”、“大吉”、“正”、“開寿”があり、一行を成しているものは“金当取之”とあった。 (『捜神記』)
―― 氐池県の大柳谷口で夜、激しい波が涌溢し、その声は雷の如く、払暁に水中に立つ蒼石があり、長さ一丈六尺、高さ八尺、白石で図画され、十三馬・一牛・一鳥と八卦玉皣の象が為され、皆な隆起していた。その文には 「大討曹、適水中、甲寅」 とあった。帝はその“討”字を悪んで鑿去させて“計”とし、蒼石で補填させたが、宿昔
（一晩）で（埋めた所が）白石で満たされた。晋初になってその文字はいよいよ明瞭となり、その馬の象は皆な煥徹
（燦然）たること玉の如くとなった。 (『漢晋春秋』)
[21]
嘗て、文皇帝は即位すると漢の禅を受けたことから漢の正朔に因り循って改めなかった。帝は東宮にあって論を著し、
-以下抄訳- 五帝三王は出自は同じでも礼を踏襲しなかったのだから、倣って暦を改めるべきだとした。
即位後も改暦を放置していたので、史官が記録に残るように上言した。こうして詔して三公・特進・九卿・中郎将・大夫・博士・議郎・千石・六百石に博く討議させたが、統一見解に至らず、帝が古典に依拠して甲子に詔するには 「魏は地統なのだから建丑月を正月にしよう。青龍五年の三月を景初元年の四月とするものである」 (『魏書』)
[22]
裴松之が調べたところ、魏は土行であり、そのため服色は黄を尚んだ。殷暦を行ない、建丑月を正月とし、そのため犧牲や旂旗は全て殷礼を用いた。『礼記』では 「夏后氏は黒を尚び、そのため軍事には驪
（黒馬）に乗り、犠牲には玄色を用いた。殷人は白を尚び、軍事には翰
（白馬）に乗り、犠牲には白色を用いた。周人は赤を尚び、軍事には騵
（黒いたてがみ、白い腹の赤馬）に乗り、犠牲には騂
（赤馬）を用いた」 鄭玄は云う 「夏后氏は建寅月を正月とし、物が生いる色が黒だからである。殷は建丑月を正月とした。物が芽吹く色が白だからである。周は建子月を正月とした。物が萌え出づる色が赤だからである。翰とは白色の馬であり、『易』では『白馬翰如』とある」 『周礼』の巾車の職に 「大赤を建てて朝し、大白によって軍事す」 とあるのは、周が正色の旗で朝会し、先朝の（色の）旗で軍事をしたことを指す。今、魏は殷礼を用い、周の制を変えた。そのため大白を建てて朝し、大赤によって軍事しているのである。
『魏晋世語』が劉曄に云わせた 「明帝≒始皇・漢武」 にやっと繋がりました。ただの土木好きで始皇帝や武帝を例に出した訳じゃありませんでした。始皇帝は暦を改め度量衡や文字など諸々を統一しました。漢武帝は秦以来の変則夏暦（正月＝10月＝建亥月）である顓頊暦を改めて建寅月を正月とする正統的な夏暦を採用しました。いずれも暦の改定を軸とした刷新路線を採っています（改暦者としては漢章帝もいますが、彼の改暦は思想的なものとは無縁です）。そして曹叡は曹丕の路線を多く転換し、やはり暦を改めています。曹叡を始皇・孝武の輩と呼ぶのなら、寧ろ改革者として類似性に注目すべきです。改革者は建築好きがほぼ宿命のようです。
魏志では、司馬氏への禅譲の正当性を謳う為、輔弼を託された司馬懿を政権中枢に置かなかった曹叡の時代より災異記事が丹念に載せられるようになります。
[23]
孫盛曰く、諡号とは行動を表現し、廟号とは内容を保存するものである。皆な歿した後に著すのは、始めを尋ね終りを求め、百世に示す為である。時期が来ていないのに祖宗の制に逆らい、死んでもいないのに予め自ら尊顕している。昔、（宋の）華元・楽莒は厚斂によって後々まで譏られ、周人は凶事
（葬儀）を予め行なって礼に違えた。魏の諸々の有司はかくして正しきを失った。
[24]
詔
古えには禘郊祖宗の制（禘は円丘での天の祀り、郊は南郊での上帝の祀り、祖宗は明堂での祖霊の祀り）が定められたが、秦が乱暴したせいで失われ、漢は苦労しつつ旧制を回復させたものの甘泉での后土祭や雍宮での五畤祭など変なものが混入した。そして礼制の変容によって禘祀すら廃止されてしまった。他にも欠けているものがある。曹氏は虞舜から出ているのだから、円丘にて祀る際には祖帝として舜をも祀り、円丘を皇皇帝天と呼ぼう。方丘での祭祀は皇皇后地と呼び、舜の妃を祀ろう。天郊の祭祀で祀るのは皇天の神と呼び、太祖武皇帝を合せ祀ろう。地郊の祭祀で祀るのは皇地の祇と呼び、武宣后を合せ祀ろう。明堂での宗祀では高祖文皇帝を上帝と合せ祀ろう。 (『魏書』)
[25]
この歳、長安の諸々の鐘簴・駱駝・銅人・承露盤を徙した。盤は砕け、銅人は重く運べずに霸城に留めた。大いに銅を徴発して銅人二体を鋳造し、翁仲と号して司馬門の外に列べ置いた。又た黄龍・鳳皇を各一体鋳造し、龍の高さは四丈、鳳の高さは三丈余。内殿の前に置いた。土山を芳林園の西北隅に起し、公卿群僚の皆なに土を負わせて山を成し、松竹雑木や善き草をその上に樹え、捕えた山禽
（鳥類）や雑獣をその中に置いた。 (『魏略』)
―― 帝が盤を徙したところ、盤は折け、その声は十余里に聞こえた。金狄
（金属製の像）で泣くものもあり、そのため霸城に留めた。 (『漢晋春秋』)
―― 司徒軍議掾の河東の董尋が上書して諫めた
「私は直言の士なので、周昌が高祖を桀紂と比較し、劉輔が成帝の趙皇后を婢に譬えたように云っちゃうゾ。陛下がやっている芸術は明君なら避ける事で、費用も従来の三倍です。お歴々が帝の叱責を恐れて黙っているので、勇者たる私が云ってみました。彼らを泥塗れにしてはイケマセン。上も下も位に相応しくない事をすれば災害や造叛が発生します。私を殺しても子供は養ってください。かしこ」
上奏にあたって沐浴して覚悟した。奏文が通されると、帝は 「こやつは死にたいのか！」 と云ってはみたが、担当者が収捕尋問の事を上奏すると、不問にせよと詔した。董尋は後に貝丘令となり、清省として民に支持された。 (『魏略』)
また『魏略』ですよ。成立時期から考えると司馬氏への政権交代を肯定していると思われます。ですから趣旨は『魏書』に類似し、こちらの方がやや雑多。司馬懿を重用した明帝には失政してもらわないと司馬懿が忘恩の徒になってしまいますので、明帝には諸葛亮の死亡を機に始皇帝・漢武帝の亜流になってもらいました。という電波を受信しました。
[26]
帝が司馬懿に問うのに 「測るに公孫淵はどのような計策で君を待つ？」 司馬懿 「公孫淵が城を棄てて予め退走すれば上計というもので、遼水に拠って大軍を拒ぐのがその次、坐して襄平
（遼陽市区）を守るなら禽えられるだけです」 帝 「ならば三者のうちどれを出す？」 「ただ明智によって審らかに彼我を量れば、預め割棄しましょうが、これは公孫淵の考え及ぶ所ではありません」 又た謂うには 「今は懸遠に往って持久戦は出来ないので、きっと先ず遼水に拠って拒ぎ、その後に守るでしょう」 帝 「住還で幾日か？」 「往路に百日、攻撃に百日、帰還に百日で、六十日を休息とし、この様に一年で足りましょう」 (干宝『晋紀』)
―― 散騎常侍
何曾の上表
「臣は先王が法を制定するのに、必ず全き慎重さを期したと聞いております。だからこそ官を立てて授任する場合には仮輔（副官）を置き、陣師にて将を命ずる際には監貳（軍監たる副将）を立て、命令を宣べて遣使する場合は、介副を設け、敵に臨んで刃を交える際には御右に（勇士を）参乗させ、謀思の功を尽して安危の変に備えたのです。このため危難にあっても権（応変の策）は相い救済するに足り、隕缺（将の死亡）の不預にあっても才は交代するに足り、その固き予防は至深・至遠というものです。
漢氏の世に至っても亦た旧章は遵られ、韓信の伐趙では張耳が貳となり、馬援の討越では劉隆が副軍となりました。前世の事迹は篇志（書物）に著かに在ります。今、司馬懿は辞を奉じて罪を誅するのに歩騎数万を動員し、道路は迴阻（遠険）にして四千余里。天威を仮されて征旅に戦は無いとはいえ、寇賊が潜遁した場合には日月を消散しましょう。生命には定常の期限が無く、人は金石ではなく、遠きを慮り詳らかに備えるなら副官を置くのが誠に宜しいかと存じます。いま、北辺の諸将および司馬懿の督下は皆な僚属であって名と位は異ならず、素より定まった分も無く、俄かに変急があれば互いに鎮摂（鎮め代行する事）できません。存中にも滅亡を忘れぬ事は聖達の戒める所です。どうか大臣・名将の威が重い事でかねて著名な者を選び、その礼と秩禄を盛んにして司馬懿の軍に遣詣させ、進んでは謀略を同じくし、退いては副佐させますよう。万一の不虞の災禍があろうとも、軍主に備えがあれば患いはありません」 とにかく司馬懿の副官を朝廷で任命してください。
『毌丘志記』に云う。この時に毋丘倹を司馬懿の副にしたと。 (『魏名臣奏』)
[27]
戊子の詔 「昔、漢高祖が創業し、光武帝が中興し、残暴の除去を謀って功を四海に昭した。しかし墳陵は崩頽し、童児・牧豎はその上を踐踏している。これは大魏が尊崇するところの承代の意に反している。高祖・光武陵の四面百歩に表識し、民が農耕や牧畜・樵採できぬようにせよ」 (『魏書』)
[28]
史官が帝に言上した 「これは周の分野で、洛陽には悪事です」 かくて大いに禳禱の術を行なって抑えた。 (『漢晋春秋』)
―― 九月、蜀の陰平太守廖惇
（廖化）が反き、守善羌侯の宕蕈の営を攻めた。雍州刺史郭淮は広魏太守王贇・南安太守游奕に兵を率いて廖惇を討たせた。郭淮が上書するには 「王贇・游奕らは兵を分けて山の東西から挟撃し、圍落賊表、撃破は旦夕に在ります
（時間の問題です）」 帝 「兵の勢いとして分離は悪手だ」 郭淮への詔を督促し、游奕の諸々の別営で要衝にいない者を還して好便の地に拠らせるよう命じさせた。詔敕が到る前に游奕の軍は廖惇に破られていた。王贇は流れ矢に中って死んだ。 (『魏書』)
[29]
帝は燕王曹宇を大将軍とし、領軍将軍夏侯献・武衛将軍曹爽・屯騎校尉曹肇・驍騎将軍秦朗らと与に輔政させた。中書監劉放・中書令孫資は久しく権勢と寵愛を専らにしており、秦朗らとはかねて不和であったから（明帝の死）後に害される事を懼れ、陰かに離間を図った。しかし曹宇は常に帝側に在り、そのため発言する機会が無かった。甲申、帝の気息が微かとなり、曹宇は殿中から下がって曹肇を呼んで議したが、還らぬうちに帝はやや持ち直し、（側には）ただ曹爽のみが在った。劉放はこれを知ると孫資を呼んで与に謀った。孫資 「（遺詔の）事は動かせない」 劉放 「倶に鼎鑊
（釜茹で）に入ろうというのに、何の出来ないことがあろうか？」
かくして突前して帝に謁見し、垂泣して 「陛下の気息は微かとなり、忌むべからざる事があれば天下を誰に付しましょう？」 帝 「卿は燕王を用いる事を聞いておらぬのか？」 劉放 「陛下は先帝の詔敕をお忘れか。藩王は輔政する事ができません。且つ陛下が病となるや、曹肇・秦朗らは忽ち看病の才人と戯言を口にしています。燕王は兵を擁して南面し、臣らの入殿を聴許しません。これは豎刁・趙高
[※]の行ないに他なりません。今、皇太子は幼弱で未だ能く統政できず、外に彊暴の寇賊があり、
内に労怨の民があるのに、陛下は遠き存亡を慮らずに近係への恩寵を奮われております。祖宗の業を委ねるのに二三の凡士に付し、寝疾すること数日にして外内は壅隔し、社稷は危殆となり、己のみ知らずという状況です。これは臣らの心を痛める理由であります」
※ 豎刁は斉桓公の宦官で、自宮者の祖とされる。趙高は始皇帝の宦官。ともに寵臣であり、主君の死後に国を乱した。
帝は劉放の言辞を得て大いに怒り 「誰に任せればよい？」 劉放・孫資はかくして曹爽を挙げて曹宇に代え、又た申すには 「どうか詔して司馬懿を参与させますように」 帝はこれに従った。劉放・孫資が出た後に曹肇が入り、泣涕して固く諫諫め、帝は曹肇に敕を停めさせた。曹肇が戸から出ると劉放・孫資は趨り往って復た説いて帝を止め、帝も又たその言葉に従った。劉放 「どうか手ずから詔を下しませ」 帝 「困憊が篤く、出来ぬ」
劉放は即ち牀に上り、帝の手を執って強いて作らせ、かくて齎し出て大声で言うには 「燕王曹宇らの官を免じ、省中に停まる事ができぬとの詔があったぞ！」 と。
ここに曹宇・
曹肇・夏侯献・秦朗は互いに泣いて第宅に帰った。 (『漢晋春秋』)
それっぽく嘘を吐くなぁと感心してしまいました。「内有勞怨之民」 がミソです。陳寿や『魏書』だけ追っていると、とても違和感を感じざるを得ない内容ですが、今まで魚眷や孫盛の主張を見ていると民の労怨も尤もだと思ってしまいます。曹叡タイプの天子に対してこんな発言ができるとも思えませんが。
[30]
帝は劉放の計に従って司馬懿を召した後、自ら力めて詔を為し、封をした後、顧みて宮中で常に給使している者
（雑用担当者）を呼ばわり 「辟邪よ、来い！汝は我が詔勅を以て太尉に授けるのだ」 辟邪は馳せ去った。これより前に燕王が帝の為に計画し、関中の事を重視して、便道
（近道）から（使者を）遣って司馬懿を河内より西に還らせようとし、その事は施行された。司馬懿は前の詔書を得て、すぐ後に復た後の手筆を得、京師に変事があったかと疑い、かくて馳到し、入って帝に謁見した。労問を終え、かくして斉王・秦王の二王を召して司馬懿に示し、別に斉王を指して司馬懿に謂うには 「これはこんなだ。君は諦視
（注視）して誤ってはならぬぞ！」 又た斉王には進んで司馬懿の頸を抱くよう命じた。 (『魏略』)
―― 時に太子曹芳は齢八歳、秦王は九歳で、帝の側に在った。帝は司馬懿の手を執り、太子を目視しつつ 「死すら復た堪えられるのだ。朕は死を堪えて君を待っていた。君は曹爽とこれを輔けてやってくれ」 司馬懿 「陛下は先帝が陛下を臣に託した事を見ておられませぬか？」 (『魏氏春秋』)
[31]
九龍殿の前殿に殯
（仮安置）した。 (『魏書』)
[32]
裴松之が調べたところ、魏武帝は建安九年八月に鄴を平定して文帝は始めて甄后を納れ、明帝はこれに応じて建安十年に生まれた筈である。計算するとこの年の正月に至り三十四年にしかならない。時に正朔の改制があり、前年の十二月を今年の正月としており、強いて三十五年にはなるが、三十六とはならない。
もっと直截的に云えば、明帝は鄴が陥ちる前、袁煕によって仕込まれたという、非常にゴシップ的な解釈となります。しかし枉がりなりにも正史がそんな不備をスルーもしくは意図的に改竄しなかったとは考え難く、陳寿による明帝を演出する使込みではないかと考えられます。后妃伝に於いて、陳寿は明帝を実質的な魏の末帝に位置付けようとした意図があるので、そうした印象を補強する意図を以て明帝の出生にあからさまな疑問符を付けたものと思われます。
[33]
（以下、『魏書』の分は美辞麗句なので省略） 帝容止可觀、望之儼然。自在東宮、不交朝臣、不問政事、唯潛思書籍而已。即位之後、褒禮大臣、料簡功能、真偽不得相貿、務絶浮華譖毀之端、行師動衆、論決大事、謀臣將相、咸服帝之大略。性特彊識、雖左右小臣官簿性行、名跡所履、及其父兄子弟、一經耳目、終不遺忘。含垢藏疾、容受直言、聽受吏民士庶上書、一月之中至數十百封、雖文辭鄙陋、猶覽省究竟、意無厭倦。 (『魏書』)
―― 孫盛曰く、長老
（年長の老人）に聞くと、魏明帝は天姿秀出で立てば髪は地に垂れ、口吃
（どもり）少言で沉毅
（沈重剛毅）好断だったという。輔導の遺詔を受けた諸公を帝は皆な地方の任に就け、政令は自ら出した。大臣を優遇・礼遇し、善く直言を開容し、犯顔の極諫といえども摧戮
（拷殺）する事は無く、その君主としての度量はこの様に偉大だった。しかし建徳垂風
（徳を建てて教化を致す事）を思わず、維城の基
（宗室の強化）を固めず、大権を偏えに拠らせ、社稷の衛りを無くしてしまった。悲しい事だ！
孫盛のくせに宮殿造営に触れていない！ と思ったら土建批判は主に魚眷の担当でした。孫盛的には造営はＯＫなのか。曹叡は曹操からの流れで律法への関心が重く、又た曹丕ほどは文教の振興とか俗信の規制には熱心ではなく、これが 「不思建德垂風」 なのでしょう。「使大權偏據」 は劉放・孫資の中書コンビの事があるので言い訳はできません。「不固維城之基」 とか云われても親族迫害からの転換とか曹叡も努力していますし、皇子が片っ端から夭逝しているのは不可抗力に近いものがあると思うのですが。