曹真字子丹、太祖族子也。太祖起兵、真父邵募徒衆、為州郡所殺。太祖哀真少孤、收養與諸子同、使與文帝共止。
曹真、字は子丹。太祖の族子である。太祖が起兵すると曹真の父の邵は徒衆を募り、州郡に殺された
[1]。太祖は曹真が少孤となったことを哀れみ、収めて諸子と同様に養い、文帝と起居を同じくさせた。
曹休とカブる！違いは曹真の親が曹操の為に働いて殺された点と、曹休が能動的、曹真が受動的に曹操を頼った点。曹操は太尉の息子で中央の要職も経験済みなので、こうして一族の統領としての責務を果たさねばなりません。
常獵、為虎所逐、顧射虎、應聲而倒。太祖壯其鷙勇、使將虎豹騎。討靈丘賊、拔之、封靈壽亭侯。
以偏將軍將兵撃劉備別將於下辯、破之、拜中堅將軍。從至長安、領中領軍。是時、夏侯淵沒於陽平、太祖憂之。以真為征蜀護軍、督徐晃等破劉備別將高詳於陽平。太祖自至漢中、拔出諸軍、使真至武都迎曹洪等還屯陳倉。文帝即王位、以真為鎮西將軍、假節都督雍・涼州諸軍事。録前後功、進封東郷侯。張進等反於酒泉、真遣費曜討破之、斬進等。
常（かつ）て猟で虎に逐われ、顧みて虎を射ると弦音に応じて倒れた。太祖はその鷙勇を壮とし、虎豹騎を率いさせた。霊丘（山西省大同市）の賊を討ってこれを抜き、霊寿亭侯に封じられた。
偏将軍として兵を率いて（曹洪に従って）劉備の別将を下辯に撃ち、これを破って中堅将軍に拝された。従軍して長安に至り、中領軍を領した。この時、夏侯淵が陽平で歿し、太祖はこれを憂えた。曹真を征蜀護軍とし、徐晃らを督して劉備の別将の高詳を陽平で破らせた。太祖が漢中に至り、諸軍を救抜し、曹真に武都の曹洪らを迎えさせて陳倉に還屯させた。文帝が王位に即くと曹真を鎮西将軍に拝し、仮節・都督雍涼州諸軍事とした。前後の功を録して東郷侯に進封された。張進らが酒泉で反くと、曹真は費曜を遣って討破させ、張進らを斬った。
黄初三年還京都、以真為上軍大將軍、都督中外諸軍事、假節鉞。與夏侯尚等征孫權、撃牛渚屯、破之。轉拜中軍大將軍、加給事中。七年、文帝寢疾、真與陳羣・司馬宣王等受遺詔輔政。明帝即位、進封邵陵侯、遷大將軍。
黄初三年（222）に京都に帰還し、曹真を上軍大将軍とし、
中外諸軍の事を都督させ、節鉞を仮した。
夏侯尚らと孫権を征伐し、転じて中軍大将軍に拝されて給事中を加えられた。
七年、文帝が寝疾すると曹真と陳羣・司馬懿らが遺詔を受けて輔政した。明帝が即位すると邵陵侯に進封され
[2]、大将軍に遷った。
諸葛亮圍祁山、南安・天水・安定三郡反應亮。帝遣真督諸軍軍郿、遣張郃撃亮將馬謖、大破之。安定民楊條等略吏民保月支城、真進軍圍之。條謂其衆曰：「大將軍自來、吾願早降耳。」遂自縛出。三郡皆平。真以亮懲於祁山、後出必從陳倉、乃使將軍郝昭・王生守陳倉、治其城。明年春、亮果圍陳倉、已有備而不能克。增邑、并前二千九百戸。四年、朝洛陽、遷大司馬、賜劍履上殿、入朝不趨。真以「蜀連出侵邊境、宜遂伐之。數道並入、可大克也」。帝從其計。真當發西討、帝親臨送。真以八月發長安、從子午道南入。司馬宣王泝漢水、當會南鄭。諸軍或從斜谷道、或從武威入。會大霖雨三十餘日、或棧道斷絶、詔真還軍。
（太和二年/228に）諸葛亮が祁山
（甘粛省隴南市礼県）を囲み、南安・天水・安定三郡
（隴西一帯）が反いて諸葛亮に応じた。明帝は曹真を遣って諸軍を督して郿に駐軍させ、張郃を遣って諸葛亮の将軍の
馬謖を撃たせてこれを大破した。安定の民の楊條らが吏民を略取して月支城に保
（こも）り、曹真は軍を進めてこれを攻囲した。楊條がその衆に謂うには 「大将軍が来たからには早々に降伏するしかない」 かくて自縛して出城し、三郡は皆な平定された。
曹操死後の曹真は、夏侯淵の後任としての関中担当から曹仁の後釜としての実質的大都督に遷っています。その為、各戦線を臨機応変に支援して八面六臂の活躍となります。そして太和二年の蜀の北伐以降は、司馬懿が荊州担当として安定していた事に加えて関中都督夏侯楙の更迭というオマケもあって、役職は大都督のまま半ば関中担当的な立場にシフトします。文帝の即位からこっち、張郃とはいいコンビだと思うんですが、意外と絡んでる表記が少ないです。
曹真は諸葛亮が祁山に懲りて、後に必ず陳倉
（宝鶏市陳倉区）より出ると考え、かくして将軍郝昭・王生に陳倉を守らせ、その城を修治させた。明年春、諸葛亮は果たして陳倉を囲んだが、備えが有ったために克つ事ができなかった。（撃退の功で）食邑を増し、以前と併せて二千九百戸となった。
四年（230）、洛陽に朝見して大司馬に遷され、剣履上殿・入朝不趨を賜った。曹真 「蜀は連年辺境に出侵しております。今こそ討伐しましょう。数道より並び入れば、大いに克てます」 帝はその計に従った。曹真が西討に進発しようとした折、帝は親しく臨送した。曹真は八月に長安を発し、子午道より南下した。司馬懿は漢水を泝
（さかのぼ）り、南鄭で会同しようとした。諸軍は斜谷道より進むもの、武威より入るものがあった。たまたま大霖雨が三十余日あり、桟道の断絶する所があったので、詔命して曹真に軍を帰還させた。
真少與宗人曹遵・郷人朱讚並事太祖。遵・讚早亡、真愍之、乞分所食邑封遵・讚子。詔曰：「大司馬有叔向撫孤之仁、篤晏平久要之分。君子成人之美、聽分真邑賜遵・讚子爵關内侯、各百戸。」真毎征行、與將士同勞苦、軍賞不足、輒以家財班賜、士卒皆願為用。真病還洛陽、帝自幸其第省疾。真薨、諡曰元侯。子爽嗣。帝追思真功、詔曰：「大司馬蹈履忠節、佐命二祖、内不恃親戚之寵、外不驕白屋之士、可謂能持盈守位、勞謙其德者也。其悉封真五子羲・訓・則・彦・皚皆為列侯。」初、文帝分真邑二百戸、封真弟彬為列侯。
曹真は少
（わか）き時より宗族の曹遵・郷人の朱讚と揃って太祖に仕えた。曹遵・朱讚は早くに亡くなり、曹真はこれを愍れみ、食邑を分けて曹遵・朱讚の子を封じる事を乞うた。詔があり 「大司馬には
叔向の撫孤の仁があり、篤きことは
晏平の久要の分（？）である。君子とは人の美を成すもので、曹真の食邑を分けて曹遵・朱讚の子に爵関内侯を賜う事を聴許し、各々百戸とする」
曹真は征行の毎に将士と労苦を同じくし、軍賞が不足すれば、そのたび家財を班賜し、そのため士卒は皆な有用される事を願った。曹真が病となって洛陽に帰還すると、明帝は自らその第宅に臨幸して疾を見舞った。（太和五年/231に）曹真が薨じると元侯と諡された。子の曹爽が嗣いだ。
帝は曹真の功を追思して詔した 「大司馬は忠節を蹈履し、二祖に佐命の功があり、内に親戚の寵を恃まず、外に白屋の士
（寒門）にも驕らず、盈を持して位を守り、労謙をその徳としたと謂うべきか。曹真の五子の曹羲・曹訓・曹則・曹彦・曹皚の皆なを尽く列侯に封じよ」 かつて文帝は曹真の食邑二百戸を分けて曹真の弟の曹彬を封じて列侯とした。
爽字昭伯、少以宗室謹重、明帝在東宮、甚親愛之。及即位、為散騎侍郎、累遷城門校尉、加散騎常侍、轉武衞將軍、寵待有殊。帝寢疾、乃引爽入臥内、拜大將軍、假節鉞、都督中外諸軍事、録尚書事、與太尉司馬宣王並受遺詔輔少主。
明帝崩、齊王即位、加爽侍中、改封武安侯、邑萬二千戸、賜劍履上殿、入朝不趨、贊拜不名。丁謐畫策、使爽白天子、發詔轉宣王為太傅、外以名號尊之、内欲令尚書奏事、先來由己、得制其輕重也。爽弟羲為中領軍、訓武衞將軍、彦散騎常侍侍講、其餘諸弟、皆以列侯侍從、出入禁闥、貴寵莫盛焉。南陽何晏・鄧颺・李勝・沛國丁謐・東平畢軌咸有聲名、進趣於時、明帝以其浮華、皆抑黜之；及爽秉政、乃復進敘、任為腹心。
曹爽、字は昭伯。若い時から宗室として謹慎かつ重厚で、明帝は東宮に在った頃より甚だ親愛した。即位するに及んで散騎侍郎とし、累ねて城門校尉に遷し、散騎常侍を加え、武衛将軍に転じた。
城門校尉・武衛将軍はどちらも洛陽に進駐する中央軍の有力将校で、特に武衛将軍は天子侍衛の軍団長として近衛中の近衛です。
寵待は殊更で、帝が寝疾すると、曹爽は臥内に引き入れられて大将軍に拝され、仮節鉞・都督中外諸軍事・録尚書事となり、太尉司馬懿と与に遺詔を受けて少主を輔けた。
明帝が崩じて斉王が即位し、曹爽に侍中を加え、武安侯に改封して食邑は一万二千戸、剣履上殿・入朝不趨・賛拝不名を賜った。丁謐が画策し、曹爽をして天子に白
（もう）させ、詔命を発して司馬懿を太傅とし、外面は名号にて尊び、内実は尚書が奏事を扱い、先ず（尚書たる）己れを経由させて軽重を制する事を得た
[3]。
時折、この措置を以て 「司馬懿は斉王が即位してから一月で実権を奪われた」 と云われる事がありますが、司馬懿が失ったのは主に上奏の検閲権で、軍事指揮権は失っていません。斉王紀にも 「持節統兵都督諸軍事如故」 とあり、実際に何度か出征しています。そもそも司馬懿には宮廷を苦手としていた節もあり、存外両者の合意措置なのかも知れません。
曹爽の弟の曹羲は中領軍となり、曹訓は武衛将軍、曹彦は散騎常侍・侍講、その他の諸弟は皆な列侯として（天子に）侍従して禁闥に出入し、貴寵の盛んな事は比較するものが莫かった。南陽の何晏・鄧颺・李勝、沛国の丁謐、東平の畢軌は咸な声名があり、時勢にあって進趣したが、明帝は浮華の徒として皆な抑黜した。曹爽が秉政するに及び、復た進叙し、腹心として任じた。
浮華の徒は、額面通りだと軽佻浮薄だとか驕奢とか、浮っついた白面貴公子って印象になりますが、どうも従来の儒学を否定して本格的に清談を始めようって連中を指しているようです。少なくとも学はありますし、五人全員が浮華の徒として排斥された訳でもありません。
明帝の時代は文化の過渡期でもあり、まだ権力と結びついた旧勢力の方が強い時代。例えば孔融と禰衡が儒学を揶揄した事を理由に処刑されましたが、例の 「子は欲情の結果。母親は容器に過ぎない」 的な論を積極的に展開し、しかもそれを酒や麻薬を飲みながらぶつのが浮華の徒。そりゃ体制側からすれば風紀的にとても宜しくないので取り締まりますわな。浮華の徒の中には夏侯玄・諸葛誕などもいます。清談が半ば合法的になるのは、天子が実権を喪った斉王の時代になります。
颺等欲令爽立威名於天下、勸使伐蜀、爽從其言、宣王止之不能禁。正始五年、爽乃西至長安、大發卒六七萬人、從駱谷入。是時、關中及氐・羌轉輸不能供、牛馬騾驢多死、民夷號泣道路。入谷行數百里、賊因山為固、兵不得進。爽參軍楊偉為爽陳形勢、宜急還、不然將敗。颺與偉爭於爽前、偉曰：「颺・勝將敗國家事、可斬也。」爽不悅、乃引軍還。
鄧颺らは曹爽に、天下に威名を立てさせようと考え、伐蜀を勧めた。曹爽はその言に従い、司馬懿はこれを止めたが禁じる事は出来なかった。正始五年（244）、曹爽はかく西して長安に至り、大いに卒六・七万人を発し、駱谷より進入した。
この時、関中および氐・羌は軍糧の転輸を供給しきれず、牛馬騾驢の多くが死に、民も夷も道路に号泣した。駱谷に入って行くこと数百里。賊は山に因って固守し、兵は進めなかった。曹爽の参軍の楊偉は曹爽に形勢を陳べ、急ぎ帰還しないと敗れるだろうとした
[4]。鄧颺は楊偉と曹爽の前で争った。楊偉 「鄧颺・李勝は国家の事を敗ろうとしています。お斬りなさい」 曹爽は不悦
(不快)だったが、結局は軍を引いて帰還した
[5]。
今回、曹爽が択んだ駱谷道は、長安の西の武功から南下して太白山の東麓をかすめ、漢中盆地に出る手前、現在の洋県の東で子午道と合流する街道です。
曹爽らの杜撰な計画が関右を苦しめたように書かれていますが、そもそもこの頃になっても関右には十万規模の兵站を支える体制が整っておらず、凡将曹爽の手に余ったという事です。
初、爽以宣王年德並高、恆父事之、不敢專行。及晏等進用、咸共推戴、説爽以權重不宜委之於人。乃以晏・颺・謐為尚書、晏典選舉、軌司隸校尉、勝河南尹、諸事希復由宣王。宣王遂稱疾避爽。晏等專政、共分割洛陽・野王典農部桑田數百頃、及壞湯沐地以為産業、承勢竊取官物、因縁求欲州郡。有司望風、莫敢忤旨。晏等與廷尉盧毓素有不平、因毓吏微過、深文致毓法、使主者先收毓印綬、然後奏聞。其作威如此。爽飲食車服、擬於乘輿；尚方珍玩、充牣其家；妻妾盈後庭、又私取先帝才人七八人、及將吏・師工・鼓吹・良家子女三十三人、皆以為伎樂。詐作詔書、發才人五十七人送鄴臺、使先帝倢伃教習為伎。擅取太樂樂器、武庫禁兵。作窟室、綺疏四周、數與晏等會其中、飲酒作樂。羲深以為大憂、數諫止之。又著書三篇、陳驕淫盈溢之致禍敗、辭旨甚切、不敢斥爽、託戒諸弟以示爽。爽知其為己發也、甚不悅。羲或時以諫喩不納、涕泣而起。宣王密為之備。
九年冬、李勝出為荊州刺史、往詣宣王。宣王稱疾困篤、示以羸形。勝不能覺、謂之信然。
当初、曹爽は司馬懿が年齢・徳ともに高く、恒にこれに父事して専断しようとはしなかった。何晏らを進用するに及び、咸なが共に推戴し、曹爽には権の重きを人に委ねるのは適当ではないと説いた。かくして何晏・鄧颺・丁謐を尚書とし、何晏が選挙を典り、畢軌を司隸校尉、李勝を河南尹とし、諸事が司馬懿を経由する事は復た希となった。司馬懿はとうとう疾を称して曹爽を避けるようになった
[6]。
何晏らは朝政を専らにし、共に洛陽・野王の典農部の桑田数百頃を分け取り、湯沐地を壊して利殖に充て、勢を恃んで官物を竊取し、血縁姻戚によって州郡に求欲した。有司は風を望んで敢えて旨に忤う者は莫かった。何晏らは廷尉の
盧毓と平素から不和で、盧毓の下吏の微過によって、深文
（厳しい法律）を盧毓に致し、主者に先ず盧毓の印綬を収めさせ、その後に奏聞した。その威を作す事はこの様であった。
曹爽の飲食車服は乗輿に擬し、尚方署の珍玩がその家に充牣していた。妻妾は後庭に盈ち、又た先帝の才人七・八人と、将吏・師工・鼓吹や良家子女三十三人を私取し、皆な伎楽とした。詔書を詐作して、才人五十七人を徴発して鄴台に送り、先帝の倢伃に教習させて伎とした。太楽の楽器や、武庫の禁兵を擅取した。窟室を作って綺疏
（美しい彫刻）で四周し、しばしば何晏らとその中で会合して酒を飲み楽を為した。曹羲は深く憂え、しばしばこれを諫止した。又た著書三篇で、驕淫の盈溢が禍敗を致すと陳べ、その辞旨は甚だ切実で、敢えて曹爽を排斥するものではなく、諸弟を戒めるものとして曹爽に示した。曹爽は己れに対して発されたものである事を知り、甚だ不悦
(不快)だった。曹羲はある時、諫め喩したものの納れられず、涕泣して起った。司馬懿は密かに備えを為した。
九年（248）冬、李勝が荊州刺史となって転出する際、司馬懿に往詣した。司馬懿は疾の困篤を称し、羸
（よわ）った形姿を示した。李勝は覚ることが出来ずに信じて然りとした
[7]。
十年正月、車駕朝高平陵、爽兄弟皆從。宣王部勒兵馬、先據武庫、遂出屯洛水浮橋。奏爽曰：「臣昔從遼東還、先帝詔陛下・秦王及臣升御牀、把臣臂、深以後事為念。臣言『二祖亦屬臣以後事、（為念）此自陛下所見、無所憂苦；萬一有不如意、臣當以死奉明詔』。黄門令董箕等、才人侍疾者、皆所聞知。今大將軍爽背棄顧命、敗亂國典、内則僭擬、外專威權；破壞諸營、盡據禁兵、羣官要職、皆置所親；殿中宿衞、歴世舊人皆復斥出、欲置新人以樹私計；根據槃互、縱恣日甚。外既如此、又以黄門張當為都監、專共交關、看察至尊、侯伺神器、離間二宮、傷害骨肉。天下洶洶、人懷危懼、陛下但為寄坐、豈得久安！此非先帝詔陛下及臣升御牀之本意也。臣雖朽邁、敢忘枉言？昔趙高極意、秦氏以滅；呂・霍早斷、漢祚永世。此乃陛下之大鑒、臣受命之時也。太尉臣濟・尚書令臣孚等、皆以爽為有無君之心、兄弟不宜典兵宿衞、奏永寧宮。皇太后令敕臣如奏施行。臣輒敕主者及黄門令罷爽・羲・訓吏兵、以侯就第、不得逗留以稽車駕；敢有稽留、便以軍法從事。臣輒力疾、將兵屯洛水浮橋、伺察非常。」
十年（249）正月、車駕が高平陵に朝し、曹爽兄弟は皆な従った
[8]。司馬懿は部
[※]の兵馬を勒
（ひき）い、先ず武庫に拠り、かくて洛水の浮橋に出屯した。曹爽について上奏した
「臣が昔、遼東より帰還した時、先帝は陛下・秦王と臣に詔命して御牀に升
（のぼ）らせ、臣の臂を把り、後事を深く念じられました。臣は 『二祖は亦ら後事を臣に託され、これは陛下も御覧になられたものです。憂苦されますな。万が一に不如意の事があれば、臣は死を以て詔を奉じましょう』と。黄門令董箕ら、才人の病床に侍る者、皆なが聞いております。今、大将軍曹爽は顧命を背棄し、国典を敗乱し、内は則ち僭擬し、外は威権を専らにしております。諸営を破壊して禁兵を尽く拠
（つか）み、群官の要職には皆な親族を置いております。殿中の宿衞は、歴世で旧人であったものを皆な復た斥出し、新人を置いて私計を樹てようとしております。根に拠り槃を互いにし、縦恣は日々甚だしくなっております。外宮は既にこの様であり、又た黄門張当を都監とし、専ら共に交関し、至尊を看察し、神器を侯伺し、二宮を離間させ、骨肉を傷害
（そこな）わせております。天下は洶洶として人々は危懼を懐き、陛下はただ寄坐するだけで、どうして久しき安泰が得られましょう！これは先帝が詔して陛下および臣を御牀に升らせた本意ではありません。臣は朽邁ではありますが、どうして敢えて枉言を忘れましょうぞ？
昔、趙高は意を極め、秦氏はこのため滅び、呂・霍を早く断じた為に漢祚は永世となりました。これは陛下が多いに鑑とするもので、臣が受命の時であります。太尉の臣蔣済・尚書令の臣司馬孚ら、皆な曹爽に無君の心が有るとし、兄弟が兵を典って宿衛することを不適当だとし、永寧宮に上奏しました。皇太后は臣に上奏の如く施行するよう敕されました。臣は主者および黄門令に、曹爽・曹羲・曹訓の吏職と兵を罷め、侯として第宅に就き、車駕を稽
（とど）めて逗留できぬよう命じました。敢えて稽留するなら、軍法によって従事すると。臣は疾を力
（お）し、兵を率いて洛水の浮橋に駐屯し、非常を伺察しております
（ 曹爽は先帝の遺志に背いて好き放題をし、国を滅ぼそうとしています。皇太后に許可をもらって曹爽らの罷免が決定したので連絡します）」
[9][※] 校尉や司馬が指揮する軍組織。一軍を構成する最大単位。
爽得宣王奏事、不通、迫窘不知所為。大司農沛國桓範聞兵起、不應太后召、矯詔開平昌門、拔取劍戟、略將門候、南奔爽。宣王知、曰：「範畫策、爽必不能用範計。」範説爽使車駕幸許昌、招外兵。爽兄弟猶豫未決、範重謂羲曰：「當今日、卿門戸求貧賤復可得乎？且匹夫持質一人、尚欲望活、今卿與天子相隨、令於天下、誰敢不應者？」羲猶不能納。侍中許允・尚書陳泰説爽、使早自歸罪。爽於是遣允・泰詣宣王、歸罪請死、乃通宣王奏事。遂免爽兄弟、以侯還第。
曹爽は司馬懿の奏事を得ると（斉王に）通さず、迫窘して為す所を知らなかった
[10]。大司農で沛国の桓範は兵の起った事を聞き、太后の召しには応じず、矯詔にて平昌門を開き、剣戟を抜取り、門候を略取して南のかた曹爽に奔った。司馬懿はこれを知り 「桓範が画策しても、曹爽はきっと桓範の計を用いる事は出来まい」 桓範は曹爽に、車駕に許昌へ行幸させ、外兵を招くよう説いた。曹爽兄弟は猶おも決意できず、桓範は重ねて曹羲に謂った 「今日になって、卿の門戸が貧賤を求めようとも復た得られましょうか？匹夫とて人質一人を持てば、活きる望みを持とうというもの。今、卿は天子に随っておられる。天下に号令すれば応じない者などありましょうか？」 曹羲は猶おも納れなかった。
侍中
許允・尚書
陳泰が曹爽に、早く自ら罪に帰すよう説いた。曹爽はこうして許允・陳泰を遣って司馬懿に詣らせ、罪に帰して死を請うた。かくして司馬懿の奏事を上通した
[11]。かくて曹爽兄弟を罷免し、侯として第宅に還した
[12]。
初、張當私以所擇才人張・何等與爽。疑其有姦、收當治罪。當陳爽與晏等陰謀反逆、並先習兵、須三月中欲發、於是收晏等下獄。會公卿朝臣廷議、以為「春秋之義、『君親無將、將而必誅』。爽以支屬、世蒙殊寵、親受先帝握手遺詔、託以天下、而包藏禍心、蔑棄顧命、乃與晏・颺及當等謀圖神器、範黨同罪人、皆為大逆不道」。於是收爽・羲・訓・晏・颺・謐・軌・勝・範・當等、皆伏誅、夷三族。嘉平中、紹功臣世、封真族孫熙為新昌亭侯、邑三百戸、以奉真後。
かつて、張当は私
（ひそ）かに択抜した才人の張・何氏らを曹爽に送った。姦事があるかと疑い、張当を収監してその罪を治めた。張当は、曹爽と何晏らが叛逆を陰謀し、先ず兵を習練させ、三月中に行なおうとしていたと陳べた。こうして何晏らを収捕して下獄させた。公卿朝臣が廷議し 「『春秋』の義では、『君・親に対してその考えを持たず、持てば必ず誅する』とある。曹爽は支属であり、殊寵を蒙り、親しく先帝が握手して遺詔を受け、天下を託されたのだ。然るに禍心を包藏して顧命を蔑棄し、かくして何晏・鄧颺および張当らと神器の事を謀図した。桓範は党を同じくした罪人で、皆な大逆不道である」 とした。
こうして曹爽・曹羲・曹訓・何晏・
鄧颺・
丁謐・
畢軌・
李勝・
桓範・張当らを収監し、皆な誅に伏して三族を夷
（たいら）げた
[13]。
嘉平年間（249～54）に功臣を紹封する事になり、曹真の族孫の曹熙を封じて新昌亭侯とし、食邑三百戸として曹真の後を奉祀させた
[14]。
曹爽というとどうしても“ボンボン”“間抜け”“私党政治”のイメージが払拭できません。主な資料が『三國志』である点を差し引いてもそうです。司馬氏に対抗して失敗した以上、『三國志』では当然悪役、それも噛ませ犬で、他の資料でも「結果的に曹氏の弱体化を加速させた」として批判の的になります。実際、伐蜀のお粗末さ、有事に対する警戒感の低さは擁護しようがありません。
曹爽のやったことは、兄弟で中央軍の指揮権を確保し、宗室ゆかりの連中や非主流派を尚書として上奏関係を掌握する一方、豫州名族の代表でもある司馬懿の実権を削ぎ、最終的に国事の主導権を宗室に回収すること。夏侯玄伝と併せて観ると、その姿勢はさらに明確になります。人事権を握って好き放題しただの、一族知人縁故郎党を各地の要職に据えて郡県を姦乱しただの、収賄汚職ござんなれだの、そんな典型的な記述が殆ど無いのは、謂わば曹爽らの目的＝志が、宗室を良い方向に向かわせる事に在ったからなんじゃないかと思います。名族層と対決したのがいろいろと失敗だったかー。
晏、何進孫也。母尹氏、為太祖夫人。晏長于宮省、又尚公主、少以才秀知名、好老莊言、作道德論及諸文賦著述凡數十篇。
何晏は何進の孫である。母の尹氏は太祖の夫人となった。何晏は宮省で長じ、又た公主を尚
（めと）った。少時より才が秀でている事で名を知られ、老荘の言を好み、『道徳論』および諸文賦を作り、著述は凡そ数十篇あった
[15]。
[1]
曹真の本姓は秦といい、曹氏に養われた。その父の秦伯南は夙に太祖と親しかったとも云う。興平末（195）、袁術の部党が太祖を攻劫し、太祖は逃たものの寇賊に追われて秦氏に走入し、伯南は開門して受け入れた。寇賊が太祖の所在を問うと、答えた 「我がそうだ」 かくて殺害された。太祖はその功を思って（曹真の）姓を変じさせた。 (『魏略』)
―― 邵は忠に篤く才智が有り、太祖に親信された。初平年間（190～93）に太祖が義兵を興すと、邵は徒衆を募り、太祖に従って周旋した。時の豫州刺史黄琬は太祖を殺そうと考え、太祖は避難して邵だけが殺害された。 (『魏書』)
黄琬が豫州牧となったのは188年。ですが、翌年には董卓に呼ばれて司徒になっていて、曹操が挙兵する頃には洛陽にいました。陳寿としても『魏書』を参考にしたようですが、さすがに州牧黄琬の件はダメだと判断したんでしょう。黄琬の後任は孔伷なので、迫害担当は沛国相か。
[2]
裴松之が思うに、曹真の父の名は邵である。（諱とカブる）邵陵侯に封じられたとは、もし書の誤りでなければ（その不条理は）論ずる必要が無いほどである。
はーそーですかー、としか。邵陵はおそらく召陵の事かと思われます。『漢書』地理志では召陵とあって、『晋書』地理志では邵陵。夏侯惇伝では召陵となっていて、当時から混用はされていたと思われます。これは憶測ですが、召陵が邵陵に改名されたのは早くとも斉王の地名大改編の時代。明帝の時代に曹真が封じられたのは召陵侯。だから晋代の書物で邵陵と書かれていても全く問題ありません。陳寿の誤記と云われてしまえばそれまでですが。
[3]
曹爽が弟の曹羲に上表させて曰うには 「臣亡父真、奉事三朝、入備冢宰、出為上將。先帝以臣肺腑遺緒、奬飭拔擢、典兵禁省、進無忠恪積累之行、退無羔羊自公之節。先帝聖體不豫、臣雖奔走、侍疾嘗藥、曾無精誠翼日之應、猥與太尉懿倶受遺詔、且慚且懼、靡所厎告。
臣聞。虞舜は賢の序列に稷・契を先にし、成湯は功の褒賞に伊・呂を首座としたと。審らかに選び博く挙げ、優劣が所を得たもので、これぞ輔世長民の大経であり、録勲報功の令典であり、古来より欠けた事はありません。今、臣は虚闇でありながら位は冠朝の首座にあり、顧みて席次越えていることに心中で愧惕しております。敢えて愚情を竭くして、真情を陳べるものです。天下の達道とは三つあり、徳・爵・齢であります。司馬懿は高明中正で、上司の位にあり、名は衆を鎮めるに足り、義は下を率いるに足り、これが一です。大略を包懐し、允
（まこと）に文、允に武であり、しきりに征伐の勲を立て、遐邇
（遠近）とも功に帰し、これが第二です。万里から旋斾し、親しく遺詔を受け、皇家の翼亮として内外の心の向かう所となっており、これが第三です。加えるに耆艾にして邦国の紀綱であり、朝政に練達しております。その徳は尹吉甫・樊仲を凌ぎ、その功は方叔・召虎を越え、これらの実を兼備しています。臣は空名を抱えてその右
（上位）に在り、天下の人は臣が宗室の気に入りとし、進むを知って退くを知らぬとしております。陛下の聡明を以て臣の言を察していただきたく。臣が思うに太傅・大司馬とし、上は陛下の進賢の明を昭らかにし、中は司馬懿の文武の実を顕らかにし、下は愚臣の謗誚を免がれさせ給え」
要は司馬懿を太傅・大司馬に据える為の勧進文でした。曹爽が、自分が決裁するものを弟に上奏させた茶番だよ、というものです。誰が起草したかは知りませんが、伊尹と呂尚が成湯の元勲として並列されていたりと、なかなか舐めてる文章です。
帝は中書監劉放・中書令孫資に詔書を起草させ 「昔、呉漢は光武帝を佐け、四方を征定した功で大司馬となり、名は今も称えられている。太尉は正直を体現し、功は海内を蓋い、先帝はしばしば位階を更めたく思っていたが、そのたびに（外征で）長くは居らずに遅々として実施できなかった。今、大将軍が太尉を大司馬に薦めるのは先帝の本旨に合致し、又た推譲を示し、徳を進め勲を尚ぶ事で、賢良を明らかにし、序列を弁え、長少の順に従おうとしている。周公旦・召公奭が呂尚を宗師とし、その下位に在ろうと願った事にも劣るまいぞ！朕は甚だ嘉する。朕は先帝が、君子とは天命を楽しみ運命を知り、纖芥の細疑を忌むに足りないとしていた事を知っている。柏人
[※1]・彭亡
[※2]の文を顧み、そのため低佪
[※3]としてその意を遂げなかっただけである！そして亦た先帝は大臣を敬重し、恩愛は深厚を極めていたのだ。昔、成王は保傅の官を立て、近きは漢の顕宗
（明帝）が鄧禹を太傅としたのは、皆な儁乂
（優れた人）を優崇して尊ぶ為である。太尉を太傅となせ」 (『魏書』)
※1 地名。「迫人」と同音である事を高祖が忌み、宿をとらなかった。後に貫高による暗殺計画が発覚した。
※2 地名。東漢の岑彭が宿営し、地名を知った後も逡巡しつつ軍営を移さず、その夜に刺客に暗殺された。
※3 頭を垂れて徘徊する様子。逡巡するさま。
[4]
楊偉、字は世英。馮翊の人である。明帝が宮室を修治した時、楊偉は諫めた 「今、宮室を作り、生民の墓上の松柏を斬伐し、碑獣石柱を毀壊せば、辜は亡人に及び、孝子の心を傷めます。後世の法則とする事にはなりません」 (『魏晋世語』)
[5]
司馬懿が夏侯玄に謂うには 「『春秋』では責務の大なる者は徳を重んじるとある。昔、武皇帝が再び漢中に入って大敗しかけたのは君も知っていよう。今、興平路は極めて険阻で、蜀は既に先に拠っている。もし進んでも戦えず、退こうとして退路を絶たれたら、覆軍は必至であろう。どうやって責任をとるおつもりか！」 夏侯玄は懼れ、曹爽に言って軍を引いて後退させた。費禕が兵を進めて三嶺に拠って曹爽の退路を截ち、曹爽は嶮道を争って苦戦し、僅かに通過する事ができた。徴発した運転の牛馬は尽く死ぬか失略し、羌・胡は怨嘆した。こうして関右は尽く虚耗した。 (『漢晋春秋』)
[6]
当初、司馬懿は曹爽が魏の肺腑
（血族）である事から事毎に先に推し、曹爽も司馬懿の名声を重んじ、亦た身を引いて卑下し、時人は称えた。丁謐・畢軌らが進用されると、しばしば曹爽に言った 「司馬懿には大志があって甚だ民心を得ております。これに委ねるのに推誠
（信任）してはいけません」 これより曹爽は恒に猜防するようになった。礼を示しつつ、何事かを始める場合には全て司馬懿を経由しないようにした。司馬懿は力では争う事ができず、且つ禍を懼れ、そのため避けるようになった。
[7]
曹爽らは李勝に司馬懿の下を辞去させ、同時に伺察させた。司馬懿が李勝に会うと、李勝は自身が功労もなく、ほしいままに特恩を蒙り、本州に赴任するに当たって閣下に詣って言辞を頂こうとしたところ、悟えずも恩を加えて頂き、引見していただいたと陳べた。司馬懿は両に婢を侍らせて衣装を持って来させたが、衣装を落した。復た口を指差して渇を訴えて飲料を求め、婢が粥を進めると、司馬懿は盃を以て粥を飲んだが、粥は全て流出して胸を沾した。李勝は愍然として涕泣し、司馬懿に謂うには 「今、主上は尚おも幼く、天下は明公に恃頼しております。衆情は明公は嘗ての風疾を発したと謂っておりましたが、尊体がかようになっていようとは思いませんでした！」
司馬懿は殊更に寬言し
（ゆっくりと言い）、気息を続かせて見せながら説いた 「老いて疾み、死は旦夕にある。君は幷州に往くと謂う。幷州は胡に近い。善く事を為せ。再びは会えないだろうがどうしようもない！」
李勝 「還るのは本州です。幷州ではありません」
司馬懿はかくして復た昏謬を装い 「君は幷州に到ったなら、努めてご自愛なされよ！」 言辞は錯乱し、荒耄の態で語った。
李勝は復た 「荊州でございます。幷州ではありません」
司馬懿はかくしてようやく悟ったかのようにし、李勝に謂った 「私は年老い、意識は荒忽とし、君の言辞が理解できなかった。今、本州刺史となって還るからには、盛徳壮烈な事だ。好く功勲を建てなさい。今こうして君と別れようとしているが、自ら顧みるに気力が微かになっており、もう二度と会えまい。自ら粗餐を差し上げ
（原文は「設薄主人」 ニュアンスは解りますけどー）、生死を共に分ちたい。（息子の）師と昭の兄弟と友誼を結び、どうか去らずに私の区々たる心に副うてもらいたい」 こうして流涕哽咽した。
李勝は亦た長嘆して答え 「全て教えを承知いたしましょう。勅命をお待ちください」
李勝は辞去すると曹爽らと相見えて説くには 「太傅は語言が錯誤し、口は杯を摂けられず、南を指して北としています。吾れが幷州に往くと言われ、吾は荊州に還る、幷州ではないと答えました。徐々に与に語り、識別できる時もあり、かくして荊州に還るのだと理解しました。又た送別の席を設けたいとの事で、去る事も出来ず、待たせる事になってしまいました」 更に曹爽らに向って垂涙し 「太傅の患いは恢復出来ますまい。（あの様子は）人を愴然とさせます」 (『魏末伝』)
[8]
曹爽兄弟は以前からしばしば倶に出游した。桓範が謂った 「万機を総べ、禁兵を典っているのに揃って出るのは不適切です。もし城門が閉じられたら、誰が復た内に入れましょう？」 曹爽 「誰がそのような事をしようか！」 共に外出する事はなくなったが、この時になって挙って外出したのである。 (『魏晋世語』)
[9]
当初、司馬懿は兵を勒いて闕下より武庫に趨ったが、曹爽の門前に行き当たると、人が逼って車を駐めた。曹爽の妻の劉氏は怖れ、庁事の間
（執務室）に出て、帳下の守督に謂った 「公は外に在ります。今、兵が起ったのはどういうことか？」 守督 「夫人、憂うる勿れ」 かくして門楼に上り、弩を引き注り箭を発そうとした。将軍の孫謙が後方にあってこれを牽き止め 「天下はどうなるか判らんのだぞ！」 再三の遣り取りがあり、司馬懿はかくて通過できた。 (『魏晋世語』)
[10]
曹爽は伊水の南に車駕を留めて宿営し、木を伐って鹿角とし、屯田の甲兵数千人を徴発して護衛とした。 (干宝『晋紀』)
―― 司馬懿が弟の司馬孚に語るには、陛下は外にあっても露宿などさせられぬ。帳幔・太官の食具を行在所に送るよう手配してくれ、と。 (『魏末伝』)
[11]
桓範が曹爽の下に赴くと、司馬懿は蔣済に謂った 「智嚢が往ってしまった」 蔣済 「桓範は智者ですが、駑馬は桟豆
（飼料＝美言）を恋うものです。曹爽ではきっと用いられますまい」 (干宝『晋紀』)
―― 司馬懿は許允・陳泰を通じて曹爽の誤解を解かせ、蔣済に亦た司馬懿の旨を記した書を与えさせた。又た曹爽が信任する殿中校尉尹大目に、ただ免官するだけで、洛水に誓うと謂わせた。曹爽はこれを信じて兵を罷めた。 (『魏晋世語』)
―― 曹爽は罷兵の後 「我れは富家翁となる事はできよう」 桓範は哭し 「曹子丹は佳人だったのに、生まれた汝ら兄弟は犢でしかない！ 今日汝らに坐して族滅されようとは思いもしなかった！」 (『魏氏春秋』)
[12]
曹爽兄弟が家に帰ると、敕令で洛陽県の民八百人を徴発し、県尉の部に曹爽の第宅を四角に囲ませ、角隅に高楼を作り、その上に人を置いて曹爽兄弟の挙動を望視させた。曹爽は計策が窮まって愁悶し、弾弓を以て園中に出ると、楼上の人がたちまち唱言した 「故大将軍が東南に行く！」 曹爽は庁事に還り、兄弟と共に議したが、司馬懿の意向の深浅が判らず、司馬懿に書簡を送って曰うには 「賤子爽は哀惶恐怖しております。無状
（失態）で禍を招き、屠滅を受けるに応分です。以前に家人を遣って糧を迎えましたが未だ反っておらず、ここ数日は匱が乏しくなっております。餉を送る煩いによって旦夕（の命）を繋げていただきたい」 司馬懿は書を得て大いに驚き、即座に答書した 「乏糧の事を知らず、甚だ踧踖たる懐いです。米一百斛に併せて肉脯・塩豉・大豆を届けさせましょう」 ついで送った。曹爽兄弟は変数
（術策）に練達しておらず、たちまちに喜歓して死罪は無いと謂った。 (『魏末伝』)
[13]
鄧颺、字は玄茂。鄧禹の後裔である。少時から京師で名士としての名があり、明帝の時に尚書郎となり、洛陽令に叙されたが、事に坐して罷免された。中郎に拝され、又た入って中書侍郎を兼ねた。かねて鄧颺は李勝らと浮華の友を為し、中書に在った時に浮華の事が発覚し、斥出されて復た用いられなかった。正始の初めに潁川太守に転出し、ついで大将軍長史に転じ、侍中・尚書に遷った。鄧颺の為人りは財貨を好み、嘗て省内に在った時、臧艾に顕官を授けると約束し、臧艾は父の妾を鄧颺に贈った。このため京師では 「官を以て婦を易えた鄧玄茂」 と語った。薦達するものの多くはこの様であった。そのため何晏の選挙で人を得なかったのも、鄧颺の公忠でない点に因るところが大きかったが、かくてその罪を同じくしたのは、つまるところ交友によるもので才腕が原因ではなかった。 (『魏略』)
―― 丁謐、字は彦靖。父の丁斐は字を文侯といった。かつて丁斐は太祖に随い、太祖は丁斐を同郷人として特に饒愛した。
つまり沛国譙の丁氏ということで、曹嵩の正夫人や曹操の丁夫人、曹植に与した丁兄弟などと同族でしょう。ひょっとしたら霊帝の時代に司徒まで進んだ丁宮も含まれるかもしれません。何晏や夏侯玄同様、曹氏にとっては大事な準皇族です。
丁斐の性は財貨を好み、しばしば請求して法を犯したが、そのたび原宥された。典軍校尉となって内外を総摂し、陳べる説は多くが従われた。建安の末に太祖の征呉に従ったが、丁斐は隨行の中で家の牛が羸困していたので私かに官牛と易え、告発されて獄に送られ、官を奪われた。その後に太祖が丁斐に問うには 「文侯よ、印綬はどこにある？」 丁斐も戯れだと知り 「餅と易えてしまいました」 太祖は笑って左右を顧み 「東曹掾の毛玠はしばしばこの家の事を建白し、我に重く治めさせようとする。我とてこの人が清廉でない事を知らぬではない。理由があるのだ。我に丁斐が有るのは、譬えるなら人家に盗み癖のある狗がいて、しかも捕鼠が上手いようなものだ。盗んだところで小損で、しかも我が嚢貯は完うされるのだ」 かくて復た丁斐を官とし、変らずに用いた。その後数年で病亡した。
この征呉は毛玠が東曹掾として健在な時期のもののようなので、建安十八年（213）以前のもの、おそらく十二年に開始した南征だと思われます。これは単に毛玠ｖｓ丁斐ではなく、東曹と沛国丁氏の確執の一端で、王太子問題にも繋がる諍いです。因みに毛玠伝には“丁氏”の名は出てきません。
丁謐は少時は交游を嫌い、ただ博く書伝を観るだけだった。為人り沈毅で頗る才略があった。嘗て太和年間（227～33）に鄴に住い、空き家を借りて住んでいた。これを気に入った諸王があり、丁謐が借りている事を知らずに門を開けて直接入った。丁謐は王を望見しても交腳したまま臥せて起きず、奴客を呼んで 「これは何者だ。叱呵して去らせろ」 王はその無礼を怒り、還って具さに上言した。明帝は丁謐を収捕して鄴の獄に繋いだが、功臣の子であるとして原（ゆる）して出した。後に明帝はその父の遺風があると聞き、召して度支郎中に拝した。曹爽とはかねて相い親しく、時に曹爽は武衛将軍となり、しばしば明帝に大いに用いる事を称揚した。明帝が崩じて曹爽が輔政し、かくして丁謐を抜擢して散騎常侍とし、とうとう尚書に転じた。
丁謐の為人は外面は疎略のようでいて内面は多忌だった。台閣にあってはしばしば弾駮し、尚書台ではこれを患いとしたが排斥できなかった。又た貴人を軽んじて忽略にする事が多く、何晏・鄧颺らと同位でありながら皆な少才とし、曹爽に対してのみその勢威に屈した。曹爽は亦たこれを敬い、言に従わぬ事は無かった。かつて謗書があり 「台中に三狗有り、二狗は
崖柴にして当るべからず、一狗は黙に憑いて疽嚢となる」 三狗とは何晏・鄧颺・丁謐であり、黙は曹爽の小字である。その意味は、三狗は皆な人を噛もうとするが、丁謐が尤も甚だしいというものである。
崖柴の意味が不明です。何かの当て字でしょうか？筑摩版では「人に噛みつく」とある。日本語版でググっても話にならないので中国版に当ってみたら「張口欲咬人之状」と。出典元は何だろう。
上奏して
郭太后を別宮に出居させ、あるいは楽安王を北のかた鄴に詣らせ、又は
文欽を淮南に還らせたのも皆な丁謐の計らいである。司馬懿はこの事から特に深く恨んだ。 (『魏略』)
曹爽に仕える前と仕えた後では丁謐の印象がまるで違います。人づきあいが嫌いで狷介な学究の徒って印象だったのに。どうにも第二段の為人りがとってつけたような感じです。親父さんの行跡をここで詳細に記す必要もありませんし、印象操作を兼ねて無理やり差し込んだような。司馬氏が政変の揺り返しを封じるなら宗室と準皇族、例えば夏侯氏、例えば丁氏を叩いておく必要がありますから、曹爽の引きで尚書になったって理由で、曹爽らとは大して親しくもないのに巻き込まれたんじゃ？
―― 畢軌、字は昭先。父の字は子礼といい、建安年間に典農校尉となった。畢軌は才能によって少時から名声があった。明帝が東宮に在った時、畢軌は文学に連なっていた。黄初の末に長史となって転出した。明帝が即位すると入って黄門郎となり、子が公主を尚
（めと）った為に居処は殷富となった。幷州刺史に遷り、幷州にあっては驕豪で知られた。時に雑虜がしばしば暴掠を為して吏民を害し、畢軌はそのたび軍を出して鮮卑の
軻比能を撃ったが、勝てなかった。
勝てなかったというか、青龍元年（233）には軻比能に寝返った歩度根を追討して大敗しています。
中護軍蔣済が上表し 「畢軌のこれまでの失策は過去の事として咎めませんが、今後も難事で同様になる事を恐れるものです。凡そ人材には長短があり、矯げて成す事はできません。
畢軌の文雅と志意は美器とするものです。今、幷州を失って他州に換置しました。もし入れて顕職に居らせれば、その徳を毀たず、国事にとっても実に善き事でしょう。これは安危の要であり、唯だ聖恩によって察していただきたい」 正始年間になって入って中護軍となり、侍中・尚書に転じ、司隷校尉に遷った。
素より曹爽と親しく、曹爽に言った事は従われる事が多かった。 (『魏略』)
―― 李勝、字は公昭。父の李休は字を子朗といい、智略が有った。張魯が以前に
鎮北将軍鎮軍中郎将となり、李休がその司馬となり、南鄭に居した。時に漢中に甘露が降り、子朗は張魯が精兵数万を擁し、四塞之固があるのを見ると、赤気が衰えて久しく、黄家が興ろうとしているので張魯に挙号の事を建言したが、張魯は聴かなかった。張魯が破れると、太祖は張魯に内附を勧めた功で爵関内侯を賜り、散官騎従に署して鄴に詣らせた。黄初年間に至り、上党・鉅鹿の二郡の太守を歴任し、後に老齢として徴還されて議郎に拝された。
李勝は少時から京師に游学し、雅びで才智ががあり、曹爽と親しかった。明帝が浮華を禁じると、李勝の堂に四窗八達があって各々に主名があると白す人があった。このために収監され、連坐する者があまりに多数だったので赦され、禁錮されること数年、明帝が崩じて曹爽が輔政すると李勝を洛陽令とした。夏侯玄を征西将軍として李勝をその長史とした。夏侯玄は亦た宿ねてより李勝と親交があった。駱谷之役の議は李勝より出、そのため司馬懿は李勝を不快に思った。滎陽太守・河南尹に累遷した。李勝が前後して宰守した所は職責を挙げなかった事はなかった。河南尹となって歳余、庁事の前の屠蘇
（蘇＝邪鬼を祓う屋根飾り）が壊れ、これを修築させたところ、小材の一枚が激墮して符吏の石虎頭を撾
（う）ってこれを断った事があった。旬日して荊州刺史に遷る叙令があったが、就官前に敗れた。 (『魏略』)
―― 桓範、字は元則は歴世の衣冠の家門である。建安末に丞相府に入り、延康中（220）に羽林左監となった。文辞と学問によって王象らと皇覧を典集した。明帝の時に中領軍・尚書となり、征虜将軍・東中郎将に遷り、使持節・都督青徐諸軍事として下邳を治所とした。徐州刺史鄭岐とは家屋について争いがあり、
節を引き寄せて鄭岐を斬ろうとし、鄭岐の該奏で不直として罷免のうえ帰郷となった。復た兗州刺史となったが、意を得ず怏怏としていた。冀州牧への転任を聞いた。当時、冀州は鎮北将軍に統属し、鎮北将軍
呂昭は才実によって昇進したものだが、もとは桓範の後進だった。桓範が妻の仲長に謂うには 「我は寧ろ諸卿となって三公に長跪したいものだ。呂子になぞ展屈できんぞ」 妻 「君は以前に東に在り、擅意で徐州刺史を斬ろうとし、衆人は君の下となるのは難しいと謂っておりました。今復た呂に屈する事を羞じております。これは復たその上となるのも難しいという事になりましょう」 桓範はその言が真実に触れている事で忿り、刀環で妻の腹を撞いた。妻はこのとき懐孕しており、かくて墮胎して死んだ。桓範は亦た疾を称して冀州には赴任しなかった。
正始年間に大司農に拝された。
桓範は以前に台閣に在り、事に通暁していると号し、大司農となるに及んで、又た清廉簡素を称えられた。桓範はかつて『漢書』から諸々の雑事を抄撮し、意によって斟酌して『世要論』と名付けた。蔣済が太尉となり、桓範と社の下で会った時、列坐には羣卿も数人有った。桓範はその撰書を懐にし、蔣済に示せば虚心に観てくれると考えた。桓範はその書を出して左右に示すと、左右はこれを蔣済に伝え示したが、蔣済は視ようとせず、桓範は心にこれを恨んだ。他事で論じたおりにとうとう発怒して蔣済に謂うには 「我が祖は薄徳ではあるが、（名家でもない）公の家はどうなのだ？」
蔣済の性は彊毅ではあったが、亦た桓範が剛毅なのも知っていたので、睨んで応えず、各々止めた。桓範は沛郡の人として出仕したのは曹真に次いだ。このとき曹爽が輔政しており、桓範を郷里の宿老として九卿の中でも特に敬ったが、親しくする事は無かった。
司馬懿は起兵すると城門を閉ざし、桓範が事に通暁している為に召し寄せて領中領軍にしようとした。桓範は応じようとしたが、その子に諫められ、車駕が外に在り、南に出るのが最良だとした。桓範が暫く逡巡していると、子が又た促した。桓範は去ろうとしたが、司農丞や吏が皆な桓範を止めた。桓範は従わず、かくして突出して平昌門に至った。城門は既に閉じていたが、門候の司蕃は元は桓範の挙任した吏であり、桓範はこれを呼び、手中の版を挙げて示し、詐って 「我を召す詔があったのだ。卿よ、促く開門せよ！」 司蕃は詔書を見せる事を求めたが、桓範は叱呵し 「卿は我が故吏ではないか。何故そんな事をする？」 かくして開門した。桓範は城を出ると顧みて司蕃に謂い 「太傅が大逆を図った、卿も我に従え！」 司蕃は徒行したが及ばず、かくて側道に避けた。
桓範は南して曹爽にまみえ、曹爽兄弟には天子を奉じて許昌に詣り、四方に徴集して自輔せよと勧めた。曹爽は逡疑し、曹羲は又た無言だった。桓範は曹羲に 「事はもう昭らかです。卿が読書してきたのは何の為か！今日で卿らの門戸は倒れるというのに！」 倶に言わなかった。桓範は又た曹羲に 「卿の別営は近く闕南に在り、洛陽典農の治所は城外に在ります。呼召は意のままです。今、許昌に詣っても一宿行程に過ぎません。許昌の別庫は（兵に）被仮させるに足ります。問題は穀食ですが、大司農の印章が我身にあります」 曹羲兄弟は默然として従わなかった。
かくして夜の五鼓に至り、曹爽は地に刀を投げ、駕に従う羣臣に謂うには 「太傅の意を度るに、我が兄弟を号令下に置きたいだけであろう。我れ独りが遠近の連中と合わないというだけだ！」 かくて帝に進言し 「陛下、詔によって臣の官を免じ、皇太后令にご報じ下さい」 桓範は曹爽の罷免を首口として己も唱義の事で連坐すると知り 「この老子は今ここに卿兄弟に連坐して族される事になった！」 曹爽らが罷免された後に帝は還宮し、桓範を随従させた。洛水の浮橋の北に到達し、司馬懿を望見すると下車し叩頭して何も言わなかった。司馬懿は桓範に姓で呼びかけ 「桓大夫よ、どうしてこうなった！」 車駕が入宮し、詔命があって桓範を官位に還復させた。桓範は闕に詣り章を拝して謝し、返報を待った。たまたま司蕃が鴻臚に詣って自首し、具さに桓範が前に出城に臨んでの事を陳べた。司馬懿は忿然とし 「誣して人を反かせた、法では何に応じる？」 主者 「科律では反者の罪を受けます」 かくして闕下で桓範を収捕した。時に捕人が桓範を持す事が甚だ急しく、桓範は部官に謂うには 「これを弛めよ。我も亦た義士である」 かくて廷尉に送られた。 (『魏略』)
―― かつて曹爽は夢に二虎が雷公を銜え、雷公が二升椀の如く庭中に放著されるのを視た。曹爽はこれを悪み、占者に問わせた。霊台丞の馬訓が曰うには 「憂兵です」 馬訓は退席した後、その妻に告げた 「曹爽はじき兵によって死ぬだろう。旬日を出るまい」 (『魏晋世語』)
―― 安定の
皇甫謐は九年の冬に夢で洛陽に至り、廟から出て車騎が甚だ衆い事を見、廟に物を呈げて云うのに「誅大将軍曹爽」と聞いた。寤めて邑人に告げると、邑人は 「君は曹人の夢
[※]を為そうというのか！朝廷には公孫彊は居ないのに、どうなのか？ まして曹爽兄弟は重兵を典り、又た尚書の事を兼ねている。誰が敢えて謀ろうとするのか？」 皇甫謐 「曹爽には叔振鐸の請が無い。苟くも天機を失えば離れるだけです。どうして公孫彊を恃みに出来ましょう？昔、漢の
閻顕は母后の尊位に倚り、国の威と命とを執り、至重と謂うものでしたが、閹人十九人により一旦で尸とされました。ましてや曹爽兄弟ではどうでしょう？」 (『漢晋春秋』)
※ 春秋時代の曹の最晩期に、ある者が曹の滅亡について神人が相談している夢を見たというもの。この時は曹の開祖の叔振鐸が、公孫彊の出現までという期限付きで猶予された。後に公孫彊が曹君の寵臣となり、その主導で外交を誤って宋に滅ぼされた。
―― 当初、曹爽が出城した時、司馬の魯芝は府に留まっていた。有事を聞き、営の騎兵を率いて斫津門から出て曹爽の下に赴いた。曹爽が誅されると御史中丞に抜擢された。曹爽が印綬を解いて出ようとした時、主簿の楊綜が止めて 「公は主を挟み権を握っておられる。これを捨てて東市に往こうというのですか？」 曹爽は従わなかった。有司は楊綜が曹爽を叛逆に導いたと該奏したが、司馬懿は 「各々が主の為にしたのだ」とこれを宥し、尚書郎とした。
魯芝、字は世英。扶風の人である。この後に昇進して特進・光録大夫に至った。
楊綜は字を初伯といい、安東将軍司馬昭の長史となった。 (『魏晋世語』)
―― 裴松之が調べた処、夏侯湛による魯芝の墓碑銘と干宝の『晋紀』では、ともに曹爽が誅された後に、司馬懿が魯芝を抜擢して幷州刺史とし、楊綜を安東参軍としている。『魏晋世語』とは同じではない。
[14]
蔣済は曹真の勲力からして絶祀は不適当だとし、そのため曹熙を後嗣とした。蔣済は又た
その発言で曹爽の信に背いた事を病み、発病して卒した。 (干宝『晋紀』)
[15]
何晏
何晏、字は平叔。太祖が司空の時、何晏の母を納れ、併せて何晏を収養した。その時、秦宜禄の児の阿蘇も亦た母に随って曹公の家に在り、共に公子の如く寵遇された。阿蘇とは
秦朗に他ならない。阿蘇は性謹慎だったが、何晏は何事にも顧憚する所が無く、服飾は太子に擬し、そのため文帝は特に憎み、事毎にその姓字を呼ばずに「仮子」と謂った。何晏は公主を尚ったが、又た好色で、そのため黄初年間には官に任じられる事がなかった。明帝が立つに及び、どうにか冗官に就いた。正始の初めに曹爽に曲合し、亦た才能もあり、そのため曹爽に用いられて散騎侍郎となり、侍中・尚書に遷った。何晏は公主を尚っていたことで爵を賜って列侯となり、又たその母は宮内に在った。何晏の性は自らを喜び
（ナルシスト）、動静するにも粉白は手を去らず、行歩して影を顧みた。何晏が尚書となって選挙を主事し、かねて交際のある者の多くが抜擢された。 (『魏略』)
―― 何晏の婦人の金郷公主は何晏の同母妹である。公主は賢く、その母の沛王太妃に謂うには 「何晏を悪むことが日々に甚だしくなっています。どのように保身しましょう？」 母は笑って 「汝は何晏を妒んでいるのではないか！」 程なく何晏は死んだ。一男があって齢は五・六歳で、司馬懿は人を遣って載録させた。何晏の母は帰ってその子を王宮中に藏し、使者に搏頬して見せながら助命を乞うた。使者は司馬懿に具さに白し、司馬懿も亦た何晏の婦人に先見の言があった事を聞いていたので心にこれを嘉し、且つ
沛王（金郷公主の実兄）の事もあったので特に赦して殺さなかった。 (『魏末伝』)
冒頭の一節で『魏末伝』の信憑性は『曹瞞伝』なみに墜落しました。沛王の実妹なら生母は杜夫人です。
―― 嘗て、夏侯玄・何晏らの名声は時流にあって盛んで、司馬師も亦た交際に預った。何晏は嘗て 「唯だ深く、そのため能く天下の志に通暁するとは夏侯泰初の事である。唯だ幾
（機微）である。そのため能く天下の務めを成すとは司馬子元の事である。惟だ神
（神秘）である。疾くからず速く、行かずして至るとは、その語を聞いた事はあるがその人を見た事がない」 恐らく神を己れに擬えようと考えたのであろう。当初、司馬懿は何晏に曹爽らの獄を治めさせた。何晏は党与を窮め糾し、宥恕を獲ようと冀望した。司馬懿 「（被告は）凡そ八族がある」 何晏が疏述したのは丁・鄧ら七姓だった。司馬懿 「まだだ」 何晏は急しさが窮まり、かくして曰った 「晏の事か！」 司馬懿 「そうだ」 かくして何晏を収監した。 (『魏氏春秋』)
―― 裴松之が調べるに、『魏末伝』は何晏が同母妹を妻としたと云っている。これは搢紳として言うに忍びないもので、（往古に）楚王が
（嫂） 〔媦〕を妻とした事もこれより甚だしいものではない。もしこの言が旧史に出ていたとしても、猶おこれを或いはと信じる者は莫いであろう。ましてや底下の書であれば！
原注では「嫂（あによめ）」で、修正版が「媦（いもうと）」。筑摩版では嫂になっています。媦は異母限定なのか、もっと広義の妹なのかは分りませんが、同母妹なら裴松之の云わんとしている事が矛盾してしまいます。ですが歴史家の発想を考えると、同腹異腹とかでなく、『公羊伝』桓公二年の「若楚王之妻媦」の引用でしょう。時の楚王ってだれだっけ…。
『諸王公伝』を調べると、沛王は杜夫人の所生である。何晏の母の姓は尹であり、公主がもし沛王と同腹なら、何晏と同母だと云う事ができようか？
―― 曹爽の従弟でもある曹文叔は、譙郡の夏侯文寧の娘の、名を令女を妻った。曹文叔は早死にし、服喪が闋
（と）じると、もとより年少で子もない事から、家が必ず己れを嫁がせる事を恐れ、かくして断髪して信とした。その後、家は果たして嫁がせようとし、令女は聞くと復た刀で両耳を截ち、そのまま居止するのに曹爽に依った。曹爽が誅されて曹氏が尽く死ぬと、令女の叔父は上書して曹氏と絶婚し、強いて令女を帰し迎えた。時に（父の）夏侯文寧は梁相であり、娘が年少で執義している事を憐れみ、又た曹氏に遺類が無い事から、その意を沮う事を冀い、それとなく人から（再婚の事を）諷させた。令女は歎息し且つ泣き 「私も亦たそう思います。そうしましょう」 家中ではこれを信じ、警戒をやや懈怠した。令女は竊かに寝室に入ると刀で鼻を削ぎ、蒙被して臥した。母が呼んで語りかけても応えず、被を発いてこれを視れば血は流れて牀席を満たしていた。家を挙げて驚惶し、奔往してこれを視れば酸鼻に思わぬ者は莫かった。或者が謂うには 「人が世間に生きるのは、軽塵が弱草に棲まうようなもの。どうしてかように辛苦するのです！しかも夫家は夷滅されて既に尽き、誰のために守ろうというのです？」 令女 「仁者は盛衰で節を改めず、義者は存亡で心を易えないと聞きます。曹氏が前に盛んだった時、尚も終を保とうと考えました。ましてや衰亡した今はどうして棄てられましょう！禽獣の行ないを私が為せましょうか？」 司馬懿は聞くとこれを嘉し、聴取して乞子を養わせて曹氏の後とし、名を世に顕させた。 (皇甫謐『列女伝』)