[1]　王淩は県長になったが、事件に遇って髠刑五歳とされ、道の掃除に当った。時に曹操が車で通過し、これはどのような刑徒か問うたので、左右の者が実状を対えた。曹操曰く 「これは王子師(王允)の兄子(おい)だ。坐したのは公事に過ぎぬ」 と。ここに担当者が選抜して驍騎主簿とした。 (『魏略』)

　こうした時の公事というのは、大抵が報告書の書式ミスとか誤字脱字、或いは係官の遅参とかに対する監督責任を指すもので、犯罪とは一線を画したものです。
　ちなみに王淩の直上の驍騎とは驍騎将軍曹彰の事だと思われ、そのため王淩の復職は曹彰が叙任されてから、建安二十三〜二十五年（218〜20）となります。

[2]　王淩・令狐愚の謀りごとは、「帝は幼いので彊臣に制せられ、主君としての任に堪えられないが、楚王曹彪は年長で才があるので、これを迎立して曹氏を再興しよう」 というものだった。王淩が人を遣って王広に告げた処、王広は 「およそ大事を挙げるというものは、もとより人の情に応じたものです。今、曹爽は驕奢によって民意を失い、何平叔(何晏)は虚を論じて（行節を）治めず、丁謐・畢軌・桓範・�ｹ颺は揃って宿望(かねてからの名望)があったとはいえ、皆な世に競う事を専らにしました。加えて朝典を変易し、政令をしばしば改変した事は、目的は高いとはいえ下々に接したものではなく、民は旧きに習(な)れるもので、人々で従う者はありませんでした。ゆえに勢いは四海を傾けて名声は天下を震わせていたとはいえ、日を同じくして斬戮され、（そのため）名士は半ばを減じましたのに、百姓が生業に安んじて哀悼する者が莫かったのは、民心を失っていたからです。今、司馬懿の本心は量り難いとはいえ、未だ逆心を生じてはおらず、賢能を抜擢して用い、広く己に勝る者を樹て、先朝の政令を修め、衆心の求めに副っております。曹爽が悪者となった原因で、司馬懿が改めないものは莫く、夙夜に懈らず、恤民を先にしております。父子兄弟は揃って兵の要衝を握っており、未だ亡ぼすのは易くありません」 。王淩は従わなかった。 (『漢晋春秋』)
―― 裴松之が考えるに、このような言葉の類いは、皆な前史が載せていないもので、しかも習氏が出したものである。しかも制書・言辞の法体は昔のものとは似ておらず、疑うらくは悉く習鑿歯が自ら造ったものであろう。

[3]　令狐愚、字は公治の本名は浚だった。黄初中（220〜26）に和戎護軍となった。烏丸校尉田豫は胡を討って功があったが、やや節度に違えたので、令狐浚は法によって捕縛した。帝は怒り、令狐浚を械(かせ)に繋ぎ、免官して罪を治め、詔して 「令狐浚は何と愚かなのか！」 と。かくてこれによって諱名とした。正始中（240〜49）に曹爽の長史となり、後に転出して兗州刺史となった。 (『魏書』)

　令狐愚の出身については、巻十六/倉慈伝で太原出身と明記されていて、族父の事跡についてもそちらで『魏略』によって補われています。

―― 令狐愚は楚王曹彪には智勇があると聞いていた。かつて東郡に譌言(流言)があり 「白馬河が妖馬を出だし、夜に官牧の辺を過ぎて鳴呼すると、衆馬が皆な応じた。明日にその迹を見ると、大さは斛枡ほどで、行くこと数里にして河中に還入した」 と云った。又た謡言があって、「白馬は素羈(白い轡)で西南に馳せ、乗る者は誰か、朱虎が騎す者である」 と。楚王の小字は朱虎であり、ゆえに令狐愚は王淩と与に楚王を立てる事を陰謀した。かくして先ず人を遣って王に意を通じて言うには 「使君が王に拝謝します。天下の事は予知できぬもの。願わくば王よ、自愛されん事を！」 曹彪も亦た陰かにその意を察知し、答えて言うには 「使君に謝す。厚意は理解した」と。 (『魏略』)

[4]　王淩は東平の民の浩詳が占星術を知ると聞き、呼んで浩詳に問うた。浩詳は王淩に懐くものがあるかと疑い、悦ばせようと考えて呉に死喪が生じるであろう事は言わず、淮南が楚の分野であり、今、呉と楚とは占星上では同じく、（南斗に応じた楚に）王者が興ろうとしていると言った。ゆえに王淩は計りごとを定めた。 (『魏略』)

[5]　王淩が太傅に与えた書に曰く 「いきなり神軍が接近してきて観念しました。お目にかかってからなら殺されても文句は言いません。でもその前に、これまでのお返事が欲しかった。前回のメールの直後にそちらに向かって進発し、浦口を出発した後に赦すとの知らせを頂き、二十三日にも訓戒を頂いてガクブルです。私の仕事ぶりは給料泥棒も同然で、不義を考えた罪は万死に値します。バカ甥めが不良仲間のそそのかしに乗っかった時、私はキツく叱りつけたもので、それは周知の事です。甥の罪は叔父の罪であり、暴露された上は縛り首も已む無しです。私を生んでくれたのは両親ですが、私を活かしてくれるのはあなたです」 。
又た重ねて曰く 「赦されたからには、掾に印綬を持参させます。到着する頃には自分を縛って出頭しましょう。あなたの私恩はそれとして、官法にも守るべき分がございます」 。
（司馬懿が）到るに及び、書の通りだった。
　司馬懿は人にその縛めを解かせた。王淩は赦免を蒙った事であり、加えて旧い好誼を怙み、再びは疑わず、直ちに小船に乗って司馬懿（の許）に赴いた。司馬懿は人に迎えさせてこれを止め、船を淮河の中に駐めさせ、相い去ること十余丈だった。王淩は疎外されているのを知ると、遥かに司馬懿に謂うには 「卿は直かに折簡(短い書状)にて私を召した。私は敢えて至らぬべきだったのでしょうか？ しかも軍を引率して来られようとは！」 。司馬懿 「卿が折簡に肯逐(従順)するような者ではないからだ」 。王淩 「卿は私に負(そむ)いた！」 。司馬懿 「私は寧ろ卿に負こうとも、国家には負かぬ」 。かくて人に送らせて西に来させた。王淩は自ら罪の重きを知っており、試みに棺の釘を索(もと)めて司馬懿の意図を観察した処、司馬懿はこれを給付した。王淩は行って項に到ると、夜間に掾属を呼んで決別して曰く 「行年八十、身名ともに滅ぶか！」 と。かくて自殺した。 (『魏略』)
―― 王淩は項に到ると、賈逵祠が水側に在るのを見た。王淩は呼びかけて 「賈梁道よ、王淩は魏の社稷に固く忠義だった者だ。汝に精神があるのならこれを知れ」 。その年の八月、司馬懿は疾病を生じ、夢に王淩・賈逵が癘鬼となったので、甚だこれを悪み、かくて薨じた。 (干宝『晋紀』)

[6]　山陽の単固、字は恭夏は、為人り器量と実質があった。正始中（240〜49）、兗州刺史令狐愚は単固の父の単伯龍との親善から、単固を辟して別駕にしようとした。単固は州吏たるを楽しまず、疾病を理由に辞退した。令狐愚の礼遇と意向はいよいよ厚くなったが、単固は応じようとしなかった。単固の母の夏侯氏が単固に謂うには 「使君は汝の父と久しく親善しており、ゆえに汝への命令を止めないのです。汝も亦た、だから仕進すべきで、自らお往きなさい」 と。単固は已むを獲ずに往き、兼治中従事楊康とともに令狐愚の腹心となった。後に令狐愚は王淩と通謀し、楊康・単固は皆なその計りごとを知っていた。
　たまたま令狐愚が病み、楊康は司徒府の召しに応じて洛陽に詣り、単固も亦た疾病を理由に解禄(離職)した。楊康は京師で謀事を暴露し、司馬懿はかくして東して王淩を召し取った。寿春に到ると単固は司馬懿にまみえた。司馬懿が問うには 「卿はその事を知っていたか？」 と。単固は知らぬと対えた。司馬懿 「近ごろの事はひとまず置こう。卿に問う。令狐愚は反いたか？」 。単固は又たそのような事は無いと言った。しかし楊康が告白し、事々は単固に連なった。かくて単固および家属を収捕し、皆な廷尉に繋ぎ、考実(拷問と実検)すること数十度、単固は事実は無いと云った。司馬懿は楊康を録(とら)え、単固と対峙して詰問し合わせた。単固は言辞に窮すると楊康を罵るには 「老庸めが、使君に負き、又た我が一族を滅ぼすか。顧みて汝は活きられようか！」 。辞述は定まり、事は上聞され、廷尉で報を待ったが、旧例によって皆なその母妻子と会う事が聴許された。単固は母と会っても仰視しなかった。母は慚愧している事を知り、字で呼んで 「恭夏や、汝はもとより州郡に応じるのを欲していなかった。私が強いただけなのだ。汝は人の吏となったからには、ああするしかなかった。これより門戸は衰えるけれど、私は悔恨はしない。汝は本意を私と語っておくれ」 と。単固は終に仰視せず、又た語らぬまま死に至った。
　初め楊康は自らその事を告白した事で、封爵・拝命されるのを冀ったが、後に辞述が頗る参錯(散乱)した事を以て、亦た併せて斬られた。刑に臨んで倶に出獄すると、単固は又た楊康を罵って 「老奴めが。汝の死は自身の分限だ。もし死者に知覚があるなら、汝はどのような面目で地下に行くのか」 (『魏略』)

[7]　兗州の武吏である東平の馬隆は、令狐愚の食客だとの名に仮託し、私財を以て更めて殯葬し、行服すること三年。松柏を種植した。一州の士は愧じた。 (干宝『晋紀』)

　この馬隆、「蜀呉を凌ぐ憂患」 と称された鮮卑の禿髪樹機能を実戦で討滅した事で名将と謳われることになる人物です。『晋書』によれば功名心旺盛で、平呉戦に際して驍勇だとして兗州より推挙されたとあるので、これで令狐愚を徳としたのでしょう。馬隆は禿髪樹機能討伐に際しては募兵三千を率いて転戦すること一千里、諸葛亮の八陣図を用いたり、隘路に磁石を積み上げて鮮卑の鉄騎を行動不能にしたり、連戦連勝して鮮卑騎兵一万を粉砕し、数万人を降したそうです。以後も隴右に進駐・転戦して西平太守・領東羌校尉に進み、その威名は関隴の安定に大きく貢献し、在任のまま歿しました。

[8]　王広、字は公淵。弟の飛梟・金虎は揃って才・武とも常人を越えた。司馬懿が嘗て寛いだ時に蔣済に問うた処、蔣済は 「王淩は文武倶贍(文武兼備)し、当今無双です。王広らの志力は父より優美なものがあります」 。退出してからこれを悔い、親しい者に告げるには、「私のこの言葉は人の門宗を滅ぼすものだ」 と。 (『魏氏春秋』)
―― 王淩の少子は字を明山といい、最も名を知られた。書に善く、技芸が多く、人はその書を得ると、皆な手本とした。逃走して太原に向かい、追軍が及んだ時、飛鳥があって桑樹に集い、枝が（鳥の重さに）随って低卬(高低)しているのを、弓を挙げてこれを射て即座に倒したので、追人はかくして止まって再びは進まなかった。明山は親しい家に投じて食事をしたが、親しい家が吏に告げたので、就(おもむ)いて現場でこれを執えた。 (『魏末伝』)

[1]　雍州刺史張既の上表に曰く、「河右は遐遠(遥遠)にして喪乱して久しく、武威郡はまさに諸郡の路道の喉轄(喉とくさび)たる要衝で、加えて民と夷が雑居し、しばしば兵難がありました。領太守の毌丘興は官に到るや、内は吏民を撫し、外は羌・胡を懐け、ついには柔附させて官の為の用(はたら)きを効(しめ)しました。黄華・張進は逆乱を図った当初、左右を扇動しましたが、毌丘興の志気は忠烈であり、難に臨んで（その身を）顧みず、将校民夷に禍福を陳べ説き、言えば涕泣する程でした。このとき男女万口は咸な感激を懐き、形相を毀ち髮を乱し、心に致命(捧命)する事を誓ったものであります。精兵を率いて張掖に踧脅(急迫)し、伐って領太守杜通・西海太守張睦を救済しました。張掖の番和・驪靬の二県の吏民および郡の雑胡は悪を棄てて毌丘興に詣り、毌丘興は皆なを安卹し、田事に尽力させました。毌丘興は歴任した所では事毎に心力を尽竭し、まことに国の良吏であります。殿下は即位されてより万機に心を留め、苟くも毫毛の善があれば、必ず賞録しております。臣は伏して聖旨に縁(すが)り、毌丘興の事を指摘して陳べるものであります」 (『魏名臣奏』)

[2]　裴松之が東夷伝を調べた処、沛者は高句驪国の官名である。

[3]　王頎は字を孔碩といい、東萊の人。晋の永嘉中の大賊の王彌は、王頎の孫である。 (『世語』)

[4]　毌丘倹・文欽らの上表： 「故相国の司馬懿は魏室の輔臣として忠貞で、烈祖明皇帝からの託孤に戮力尽節して中華を寧んじました。又た斉王は聡明で穢徳も無かったのでこれに心勤尽忠し、天下も頼りとしました。
・司馬懿は二虜の討滅を準備しながら、成就する前に薨じました。斉王はその大功を思って司馬師に父業を承統させましたが、司馬師は壮齢でありながら仮病を称して座したまま彊兵を擁し、臣礼も執っておりません。朝臣がこれを非難し、義士がこれを譏っているのは天下に聞こえております。その罪の第一であります。
・司馬懿は賊を滅ぼす為に多く軍糧を用意しましたが、司馬師は国難を除こうともせず、喪の明けぬうちに父業を罷息しました。臣として不忠であり、子として不孝であります。その罪の第二であります。
・東関の役では歴年で準備した資財を一日で消尽し、却って賊の来攻を招いて天下を騷動させ、死傷者は流離したままであります。その罪の第三であります。
・呉賊が国を挙って寿春に来攻した時、臣らは太尉司馬孚と計策を建てて合肥新城を固め、交戦しませんでした。淮南の将兵は勤瘁(辛苦労累)すること百日、死者は地に塗れ、建国以来の難苦でありましたが、司馬師は己が一存で論功行賞を行ないませんでした。その罪の第四であります。
・故中書令李豊らが司馬師を退けようとした時、司馬師は知るや李豊を拉ぎ殺し、尸を載せて棺を埋めました。大臣かつ帝王の腹心を処断する礼に適っておらず、罪名も不明で、司馬師には君を蔑する心があります。その罪の第五であります。
・司馬懿は常に斉王の器幹を讃え、大政を奉還する際には武庫の損失が無いよう調べさせるほど小心でしたが、司馬師は妄りに君主を罪人として矯廃するほど姦慝であります。その叔父の司馬孚は斉王を悼むこと甚だしく、又た群臣は皆な憤怒しておりましたが、司馬師は残忍であり大義を顧みませんでした。その罪の第六であります。
・又た故光禄大夫張緝は冤罪で族滅され、禍は母后に及び、督遣(糾問使の派遣)は至尊に逼恐(迫脅)・催促して為されました。天下は皆な哀愕・傷痛しましたが、司馬師は慶賀を称して歓喜しておりました。その罪の第七であります。
・陛下は踐阼されてより省約(簡約化)を旨とし、天下は歓慶せぬ者はありませんでした。しかし司馬師は改悔したり臣礼を修復しようとはせず、兵を徴募し、宮内（の秩序）を毀壊し、又た陛下が踐阼した当初は朝覲すらしておりません。陛下が親しく病床を見舞おうとした時も拒んで通さず、法度を奉じておりません。その罪の第八であります。
・近ごろでは領軍の許允が鎮北将軍となった折、聖旨に背いて処罰し、流徙を称しながら道中で餓殺しました。天下はこれを聞いて哀傷せぬ者とてありません。その罪の第九であります。
・国境守備を闕廃して精兵に自身の営を衛らせ、五営の欠員を補わず、本営の充足のみを進めております。今や天下の人はこれを憤怨し、譌言(妖言)は盈ちて誰もが（大逆を）猜疑しております。その罪の第十であります。
・国防を疎かにする一方で大邸宅を構え、彊勢を擅(ほしい)ままにして姦心を逞しゅうし、恩賞で釣った屯田兵を阻(たの)んで残忍を事とし、旧法を壊乱しております。諸藩の王公を鄴に集めてこれを悉く誅そうとし、一朝にして廃主しました。しかし天は悪を長引かせず、目腫によって完成させませんでした。その罪の第十一であります。
　臣らの先人は皆な太祖武皇帝の下で大功を立て、高祖文皇帝によって開国承家(封建立門)し、謂わば堯舜の相傳(宰相大臣)のようなものです。臣は安豊護軍鄭翼・廬江護軍呂宣・廬江太守張休・淮南太守丁尊・督守合肥護軍王休らと議し、累世の国恩に報じる為に躯命を尽し、社稷を全うせんと考えております。これが成就するなら妻子が焚かれ、呑炭漆身のうえ死んでも悔恨はございません。司馬師の罪は大辟(死罪)に当りますが、『春秋』の義では、一世の善は十世に及ぶとあり、司馬懿の大功を思えば、司馬師を罷免して侯として就第(帰邸)させますよう。弟の司馬昭は理想的な君子で、国に対して忠誠であります。臣らは砕首して保証するので、司馬師に代えて聖躬を輔導させるべきかと。太尉司馬孚は忠孝にして小心であり、保傅の職(三公の上)を授けるのが宜しいでしょう。護軍・散騎常侍司馬望は、忠誠の能吏であり、陛下を奉迎したうえ宿衛の功があり、中領軍とすべきであります。
　『春秋』の義では、大義は親属すら滅するとか。ゆえに周公は弟を誅し、（衛の）石碏は子を刑戮し、（魯の）季友は兄を鴆殺し、上は国家の計を為し、下は宗族を全うしたのです。鯀を殛(ころ)して禹を用いたのは聖人の明らかな典範で、古今が称えるものであります。陛下よ、下臣らが奏した事を朝堂で博く議されますよう。臣の言葉が道理であれば、司馬師には賢者の為に遜位させ、兵を罷めて備えを去ること三皇(武帝・文帝・明帝)の旧法の通りにすれば、天下は協同いたしましょう。もし司馬師が権勢・軍兵を恃んで退かねば、臣らは領兵を率いて昼夜兼行するので、ただ命令をお授け下さい。臣らが今日奏したものは、ただ大魏が永続し、陛下に君主の意図を行なって頂き、滅亡の禍を遠くに絶ち、百姓が安寧を全うし、六合(天下)が一体となり、忠臣義士が三皇五帝に愧じぬようしたいとの思いからです。臣は兵起によって天下が擾乱するのを恐れており、まずは事を上奏し、三征[※]および州郡国の典農には妄動せぬよう命じてあります。

※　筑摩訳では征南将軍・征東将軍・鎮南将軍。当時の毌丘倹は鎮東将軍、文欽は揚州刺史なので、「三征及州郡国典農」 を全国規模と見做すなら三征は自分が掌握していない征南・征西・征北府を指し、自身の都督下に限るなら征東府の三将軍を指すかと思われます。毌丘倹が現在の都督下と古巣の双方に影響力を行使し、「自分以外の諸軍に命じた」 というなら筑摩訳が正解となります。ちなみに時の征南将軍は王昶・征東将軍は胡遵。

陛下におかれては精神を愛養し、明らかに危害に配慮されて海内を寧んじられますよう。司馬師は権を専らに勢威を用いて賞罰を自由にしており、臣らが挙兵したと聞けば、必ず詔を下して関津を禁絶し、駅馬による上書を通らなくさせ、勝手に再び徴兵調発し、収捕を行ないましょう。それは司馬師の詔書であって陛下の詔書ではなく、何所であれ承用できるも のではありません。臣らは道遠く、文書が皆な通じないのを懼れており、時に臨んでの賞罰は便宜によって行ない、定まるのを待って表を上奏する所存であります」

　文章の前半では司馬師の罪を列挙して死罪が妥当、いや死罪のほか無いと言っておきながら、後半では『春秋』を譬えにして司馬師を罷免で許し、あろうことか司馬昭を後任にして司馬氏による政権固めを肯定しています。司馬師が受け入れやすいようにハードルを思いっきり下げたと見做せなくもないような気がしなくもありませんが、やはり違和感しかありません。司馬師糾弾の箇条書きにしても、斉王廃黜事件を細断して項目を増やしているだけで、時系列も前後し、上奏に堪えるような代物ではないように思えます。文章構成上の同様の拙さは、[注6]の“文欽の書状”でも如何なく発揮されています。

[5]　文欽の中子の文俶は、小名を鴦といった。齢は尚お幼かったが、勇力は常人を絶し、文欽に謂うには 「定まっていないうちに撃てば破れましょう」 と。ここに兵を分けて二隊とし、夜間に官軍を挟撃した。文俶は壮士を率いて先んじて至り、大将軍を大きく呼ばわったので、軍中は震擾した。文欽は期限に後れて呼応できなかった。たまたま夜が明けて文俶は退き、文欽も亦た引き還した。 (『魏氏春秋』)
―― 殿中人で姓は尹、字を大目という者は、小さいときに曹氏の家奴となり、常に帝側に侍っていたが、大将軍は倶に行こうとした。尹大目は大将軍の片目（の瘤）が已に突出しているのを知っており、申し述べるには 「文欽はもとより明公の腹心で、ただ人が誤らせているだけであり、又た天子の郷里人です。私は昔に文欽に信用されているので、追ってこれに語って解説し、還って明公との交誼を回復させたいのですが」 。大将軍は聴許し、尹大目を単身で往かせた。大馬に乗り、鎧甲を被て文欽を追い、遥かに語り合った。尹大目は心中では実際に曹氏を安んじたいと思っており、謬(いつわ)って言うには 「君侯はどうして苦しんで数日の事を忍べないのでしょうか！」 。文欽が本旨を理解するのを期待した。文欽は殊に悟らなかったので、更めて声を�獅ﾜして尹大目を罵り 「汝は先帝の家人であるのに報恩を念わず、反って司馬師と大逆を作すか。上天を顧みねば天は汝を祐けぬぞ！」 。かくして弓を張り矢を伝(つが)えて尹大目を射ようとした。尹大目は涕泣しつつ 「大事は敗れました。善く努力なされませ」 (『魏末伝』)

[6]　文欽が郭淮に与えた書状： 「大将軍曹昭伯(曹爽)は太傅と倶に顧命を受け、牀に登って臂を把り、天下を託付した事は遠近ともに知られております。後に勢利を原因としてその祭祀は絶え、（累は）その親党にも及びましたが、皆な一時の俊秀で、痛心すべきことであります。何とした事か！ 公侯は大司馬公(曹真)の恩を恃み、親しく情を分け、義は金石を貫くほどでしたので、まさにこの時、想えば毒痛を益し、堪えられぬほどでありましたでしょう。王太尉は太傅が朝廷を専らにしているのを嫌悪し、潜かに挙兵せんとしましたが、事は竟に成功せず、復た誅夷を受け、害は楚王に及び、想えば甚だ追恨するものです。太傅は既に亡く、しかしその子の司馬師が父業を継承し、その虐暴を肆(ほしい)ままにすること日月とともに滋きこと甚だしく、主を放逐して后を弑し、忠良を残戮しつつ禍心を包蔵(隠匿)し、遂には簒弑に至りました。これを忍べるのなら、忍べぬものなどありましょうか？ 私は名と義を以て重んじるがゆえに君に事える節があり、忠憤は内に発し、寝食を忘れ、他事を顧みる余裕もありません。たまたま毌丘子邦が父に与えた書状で公侯を騰説(称賛)しており、主に事える義に尽力し、白髪の身を奮わせんとすること太公と符牒を同じくしており、ただ東からの音信を待って影や音響の如く呼応するとの事でした。この音信を聞いた日は慷慨せずにおれませんでした！ このため妻孥(妻子)の苦痛を顧みず、即座に毌丘鎮東と義兵三万余人を挙って西のかた京師に趨り、王室を扶持して姦逆を掃除せんと欲し、企踵(踵を上げた状態)して西を望みましたが、声問ともに得られず、魯が高子を望んだ事[※]とて、危急の喩えには不充分です。

※　魯の朝廷が荘公の死後に慶父の専横で混乱の極に達した時、要請を受けた斉桓公が高傒を派遣して鎮撫させた事。高子は高傒の事。

そも仁であれば譲らぬものであり、ましてや君主の難を救うのです。道の遠きと艱難を測り、ゆえに期要(約束)を果たさなかっただけなのでしょう。しかるに舟を同じくして共に渡るのは、安危の勢いを同じくするもので、禍痛は已に連なっており、言葉を飾っても弁解にならぬのは公侯にとっても明白でありましょう。共に曹氏に事え、魏朝に信を積んできた事は道行く人も皆な知見しているものです。しかるに在朝の士は利を冒して生を偸んでおり、烈士が恥じ、公侯が賤しむ事であり、賈豎(商人)すら忍ばぬ事なのに、ましてや当塗(要職)の士ときたらどうでしょう？
　軍は項に屯駐しており、小人は閏月十六日を以て別に兵を進め、楽嘉城に就いて司馬師を討ち、司馬師の徒衆は時と共に崩潰し、斬截した相手を再びは訾原(非難と赦免)せず、ただ長躯して真直ぐ京師に至ろうとしましたが、（敗北の）流言が先に至り、毌丘倹は再確認もせず、更めて小人が誤ったと考え、諸軍はたちまちに瓦解しました。毌丘倹は還走し、追い尋ねて釈解(説明)しようとしたものの及べませんでした。小人は項に還り、復た王基らの十二軍が毌丘倹を追尋するのに遭遇し、兵を進めてこれを討ち、即時に克破して向うところ全勝しましたが、後続が継がないのをどのようにしましょう？ 孤軍は梁昌(狼狽)して進退を失い、寿春に還拠しようと寿春に走りましたが、狼狽躓閡して他に計策も浮かばず、ただ大呉に身命を帰し、兵を借りて食を乞い、伍子胥に継踵(模倣)するほかありませんでした。僕隸に他ならぬ立場となりましたが、どのようにして心を快とし、君の復讐をし、永らく曹氏に少しでも血食(血統)を享けさせましょう？ これも亦た大国が念い祐けるものであります。想うに公侯は程嬰・杵臼[※]が前代に名声を擅に（した様に）はさせず、大魏に独りも鷹揚の（如き勇猛な）士を無くさせるのでしょうか？

※　ともに春秋晋の趙氏が滅亡に瀕した時、身命を賭して嬰児の趙武を救った人物。公孫杵臼は趙武と偽った児と倶に殺される事で趙氏の滅亡を世に信じさせ、程嬰は趙武を護衛して落ち延び、後に趙武が成人して復権が認められると先君を追って自殺した。

今、大呉は敦く大義を崇い、（私は）深く愍悼されております。しかして僕は国と大きく連接を分たれて遠くにあっても勢いを同一としており、日々に倶に挙兵して中国を瓜分したく思っており、一方的に取って己が所有にする事は願っておりません。公侯は必ず共に忍耐して胸に懐くものを帥(ただ)したく思っておりましょうから、大勢を広めるのが宜しく、恐らくは秦川の士卒で独り事を挙げるのはできますまい。現状を計るに己を屈して人を伸ばし、（蜀）漢に帰して命を託すのが宜しく、東西倶に挙兵すれば、司馬師の一党を克定できましょう。深く鄙言を思われ、もし愚計に従うべきがあれば、漢軍に求めて期日を克制(制定)させるのが宜しく、（達成後に）六合(天下合一)（の功）を校考させ、周公・召公と同様に封じられ、児孫に託付するのです。これも亦た小事ではなく、大丈夫たる身がどうして落落たる立場に居れましょう。これを以て遠きに忠心を呈し、嘉き応答を望むものであります」
時に郭淮は已に卒していたが、文欽はそれを知らず、ゆえにこの書があるのだ。

　いや、それ以前に文章の筋が支離滅裂で、曹氏の復興がいつの間にか蜀漢への臣属と封建にすり替わり、国家に対する大義が一門繁栄に変化し、そして最後に復た“忠心”と宣っています。いったい何に対する忠心なんでしょうか。 「郭淮が毌丘倹との呼応を約束した」 という奇説を大前提にしている手紙ですが、そもそも序段の下線部で放主と簒弑を併記しているので、司馬昭の大逆を知っている人物が文欽の手紙を書いた事がバレバレです。おそらく郭淮が王淩と姻戚関係で、王淩が敗れた時に一悶着あったという『魏晋世語』に取材したんでしょう。曰く 「毌丘倹らと郭淮が東西呼応していたら面白いよね〜」 といった感じで。そういえば習鑿歯の時代も桓温が成漢を滅ぼした事で、「東西共闘による北伐」 が可能になっていましたね〜。

―― 毌丘倹が誅されると、一党の七百余人を伝送して侍御史杜友が治獄し、ただ十人の首を挙げただけで、その他は皆な上奏して解散させた。
　杜友は字を季子といい、東郡の人で、晋に仕えて冀州刺史・河南尹となった。子の杜黙は字を世玄といい、吏部郎や衛尉を歴任した。 (『世語』)

[7]　毌丘甸の字は子邦で、京邑で名声があった。斉王が廃されると、毌丘甸が毌丘倹に謂うには 「大人は方嶽(方面の主帥)の重任にあり、国が傾覆しているのに晏然たるを守っていては、四海の責めを受ける事になりましょう」 毌丘倹は然りとした。大将軍はその為人りを悪んでおり、毌丘倹が起兵するに及んで屈𩑺[※]の所在を問い、云うには 「来なければ為せまい」 と。

※　謀臣の事かと思われますが、同時代の人なのか、比喩として挙げられた人物なのかも不明。

毌丘倹は起兵した当初、子の毌丘宗ら四人を遣って呉に入らせた。太康中に呉が平定されると、毌丘宗ら兄弟は皆な中国に還った。
　毌丘宗は字を子仁といい、毌丘倹の遺風があり、零陵太守に至った。毌丘宗の子の毌丘奧は巴東監軍・益州刺史となった。 (『世語』)
―― 習鑿歯曰く：毌丘倹は明帝の顧命に感動し、ゆえにこの戦役を為した。君子(習鑿歯)が謂うには、毌丘倹の事は成らなかったとはいえ、忠臣と謂うべきである。そも節を竭くして義に赴くのは自身に在り、成功と失敗とは時に在り、自身に苟くも時が無ければ、成功がどうして必定となろうか？ 自身を忘れて必定を求めず、これが忠たる理由である。古人の言葉にも 「死者が復た生きても、生者は愧じず」 とある。毌丘倹の如きは愧じぬ者と謂ってよかろう。

[8]　文欽が呉に降った時の上表 「不幸な天命を稟(う)けて常に魏に隷属し、天朝とは両つに絶たれておりました。隅都に側伏していたとはいえ、路の無い事は自覚しておりました。司馬師が悪逆を作すこと滔天（のように盛ん）で、二主を廃害し、辛(紂王)・癸(桀王)・趙高・王莽といえど悪事を喩えるのに不充分です。私は累世で魏の恩を受け、烏鳥の情(親鳥の養育に対する報恩としての孝)として、竊かに憤踊を懐き、三の義(君師父への礼)として弊仆を期すものであります。前に毌丘倹・郭淮らと倶に義兵を挙げ、まさに共に司馬師を討ち、凶孽を掃除しようとしたのも、まことに臣が慺慺(慎勤)たる愚管(誠心)に執われたからなのです。

　郭淮を共謀者としたこの一節で、[注6]の手紙と出自が同じなのが判ります。

智慮は浅薄で、微節を騁(の)ばせず、進んでも依るべも無く、悲痛は心に切(せま)りました。退いて本朝を扶翼できぬ事を惟(おも)えば、俛仰の際にも慙愧を抱え、身の厝(お)き処もありませんでした。古義に縁(すが)り冒(なら)い、まことに帰す場所を得て、天威を仮りて万一(万事)を展べられるのを庶(こいねが)い、（果せるなら）僵仆しようとも恨む事はありません。相い率いて聖化に命運を帰し、徒らに生を偸むのを慚じているのは、言辞で陳べられるものではありません。謹んで受領していた魏の使持節・前将軍・山桑侯の印綬を上に奉還いたします。上表に臨んで惶惑(恐懼狼狽)し、伏して罪誅(誅罰)を待つものであります」
―― 文欽、字は仲若は譙郡の人。父の文稷は建安中に騎将となり、勇力があった。文欽は若くして名将の子として材武(武才)を称えられた。魏諷が反いた時、文欽は魏諷に与したという辞語が相い連なった為に罪に坐し、下獄するに及んで掠笞されること数百（を宣告され）、死罪に該当したが、曹操は文稷に免じてこれを赦した。

　原文 「欽坐与諷辞語相連」 。こうした大獄での 「辞語相連」 は“自供が波及し合い”という意味で、例えば東漢初期の疑獄として有名な楚王の変でも 「楚獄遂至累年、其辞語相連、自京師親戚諸侯州郡豪傑及考案吏、阿附相陥、坐死徙者以千数」 とあります。更に文欽に関しては 「与諷」 とあるので、魏諷と同謀とまではいかなくとも、魏諷の主張に公然と賛同していた状況が伺われます。
　ところで文稷は曹操とは同郡の人ですが、個人的には県邑も同じで、曹操軍団の初期メンバーだったからこそ文欽は特赦されたのではないかと考えます。魏諷の変は曹植支持派が曹丕排斥を実力行使したものですが、有力な沛人の多くが曹植を支持していたもので、文欽もその中の一人だと見て間違いはなさそうです。この件から文欽の履歴が太和年間まで飛んでいるのも、曹植を支持していたせいで曹丕の時代には冷遇されていた事を示していると見ていいでしょう。

太和中（227〜32）、五営校督となり、転出して牙門将となった。文欽の性は剛暴無礼で、所在で倨傲であって上を凌侮し、官法を奉ぜず、奏遣(軽度の劾奏)されるたび明帝はこれを抑えた。後に復た淮南牙門将となり、転じて廬江太守・鷹揚将軍となった。王淩が上奏するには、文欽は貪残にして辺地を鎮撫させるのは妥当ではなく、免官治罪を求めんと。これによって文欽は徴還された。曹爽は文欽が郷里人である事から厚く養待し、文欽の事案を治罪せず、復た遣って廬江に還し、冠軍将軍を加え、貴寵は以前を踰えた。文欽はこれにより益々驕慢となり、好んで自ら矜伐(矜誇)し、壮勇さで高しと見せたので、頗る三軍に虚名を得た。曹爽が誅された後、文欽を進めて前将軍とする事でその心を安んじ、（東関の役の）後に諸葛誕に代えて揚州刺史とした。
　曹爽が誅されてより文欽は常に内心で懼れたが、諸葛誕とは相い悪み、与に謀る事は無かった。たまたま諸葛誕が兵事を去って毌丘倹が往赴したので、陰かに共に謀議を結んだ。戦いに敗れ逃走し、昼夜に間道を行ったので追討者も及ばず、かくて呉に入る事ができ、孫峻が厚く待遇した。文欽は他国に在ったとはいえ、節を屈して人に下る事ができず、自ずから呂拠・朱異ら諸大将は皆なこれを憎疾(憎忌)したが、ただ孫峻のみは常に左右に置いた。 (『魏書』)