[94]　韓遂、字は文約。嘗て同郡の辺章と倶に西州で名を著した。辺章は督軍従事となった。韓遂は計（会計報告）を奉じて京師に詣り、何進はかねてその名を聞いていたので特に引見した。韓遂は何進に諸閹人の誅殺を説いたが、何進は従わず、かくして帰国を求めた。たまたま涼州で宋揚（宋建？）・北宮玉らが反き、辺章・韓遂を挙げて盟主とした。辺章はやがて病卒し、韓遂は宋揚らに劫脅されて已む無く兵を阻んで乱を為した。三十二年を積み、ここに至ってかくして死んだ。七十余歳だった。 (『典略』) ➤
―― 辺章は一名を辺允という。 (劉艾『霊帝紀』)。

[95]　軍は武都山より千里を行き、険阻を昇降し、軍人は労苦した。曹公は大いに饗応し、その労苦を忘れない者は莫かった。 (『魏書』)

[96]　天子は曹公が外地で任務を典っており、臨事の行賞が速やかに行われるべきだと考え、かくして曹公に命じ承制にて諸侯・守相を封拝させるよう詔した

「軍の大事は賞罰に在り、勧善懲悪は時を措いてはならない。故に司馬法に『賞は日を逾（こ）えず』とあるのは、民に善に利がある事を速やかに観せようとの為である。嘗ての光武中興のおり、�ｹ禹は入関すると承制にて軍祭酒李文を河東太守とし、来歙は又た承制して高峻を通路将軍とした。本伝を観察すると、皆な先に要請したものではなく、明らかに臨時に印章を刻したものである。これは世祖の神明が損益に権達していた為で、つまり威懐を速やかに示してから鴻勲を著したものである。『春秋』の義にも、大夫は疆（領域）を出れば専命（独断専行）の事があるという。苟くも社稷に利し、国家を安んずるものであればよい。況や（曹公は）二伯（周公と召公）の任を執り、師尹九有（九州を束ね）ている。夷・夏を征伐し、軍が藩甸の外に行けば、失得は斯須の間（短時間）に在る。賞を停め詔を待って世務を滞らせるのは決して朕の図るところではない。これより後、事に臨んで調べ、寵号を加えるべきには直ちに印章を刻んで仮授し、咸なが忠義から互いに奨励できるようにし、疑わせてはならない」

(孔衍『漢魏春秋』)

[97]　置くところの名号侯の爵位は第十八級、関中侯の爵位は第十七級、皆な金印紫綬。又た置くところの関内外侯は第十六級で銅印亀紐墨綬。五大夫は第十五級で銅印環紐墨綬。皆な租を食まず。旧の列侯・関内侯と与に凡そ六等。 (『魏書』) ➤
―― 裴松之が思うに、今日の虚封（収入の無い爵号）はこれより始まったのであろう。

[98]　この軍行について、侍中王粲が五言詩を作ってその事を美えた 「従軍有苦楽、但問所従誰。所従神且武、安得久労師？相公征関右、赫怒振天威、一挙滅獯虜、再挙服羌夷、西収辺地賊、忽若俯拾遺。陳賞越山嶽、酒肉踰川坻、軍中多饒飫、人馬皆溢肥、徒行兼乗還、空出有余資。拓土三千里、往反速如飛、歌舞入鄴城、所願獲無違」

[99]　辛未、有司が太牢を以て（曹公の）至るを告げ、廟に策勲（功績を記録）した。甲午に始めて春を祠り、布令した 「有識者は廟での祀りで上殿する際には履を脱げという。私は帯剣して履を脱がずに上殿している。履を脱げば父祖を敬って君主を疎かにした事になるからだ。又た禊では手を洗うふりだけにしろという。清潔を目的としながら擬態だけの礼などは聞いた事がない。『論語』でも『祭神如神在（神を祭るは神の在る如くす）』とある。だから私は実際に手を洗うのだ。神降しが終ってから階下に立って音楽を聴いているのはタルいから、終るまで坐っている。供え物をいちいち侍中に渡すのは面倒だから、そのまま持って帰る。孔子は 『人々に違えていても、吾れはそうする』 と云ったが、その通りだ！ (『魏書』)

　「孔子がやったんだから俺がやっても問題なーし！」 と、従来の祭祀の作法を独断で易えたというものです。当時の人の祭祀や典礼に対する重さを考えると、色んな意味で驚天動地の振舞いだったでしょう。

[100]　有司が奏した。「四季それぞれの農隙時に講武（演習）をしております。漢が承けた秦制では、三季（春夏秋）には講武せず、唯だ（冬の）十月に統べて車馬を試し、長水の南門に行幸し、五営の士卒を会同させて八陣を為して進退させ、乗之と呼んでおります。今、金革（軍事）は未だ止まず、士民は素より（武事を）習っております。今後は四季の講武を廃し、ただ立秋に吉日を選んで大いに車騎を朝会させ、治兵と名付けましょう。上は礼の名に合し、下は漢の制を承けることになります」 上奏を裁可した。 (『魏書』)

[101]　詔曰：「自古帝王、雖号称相変、爵等不同、至乎褒崇元勲、建立功徳、光啓氏姓、延於子孫、庶姓之与親、豈有殊焉（古来より称号は転変していても、功に報いて氏姓を顕彰するのに親庶の区別はない）。 昔我聖祖受命、剏業肇基、造我区夏、鑒古今之制、通爵等之差、尽封山川以立藩屏、使異姓親戚、並列土地、拠国而王、所以保乂天命、安固万嗣。歴世承平、臣主無事。世祖中興而時有難易、是以曠年数百、無異姓諸侯王之位（高祖が創業して中華を区画し、異姓親戚の別なく津々浦々に藩屏を立てたから万世で安定し、世祖が中興した後はいろいろあって異姓の諸侯王はなかった）。 朕以不徳、継序弘業、遭率土分崩、羣兇縦毒、自西徂東、辛苦卑約。当此之際、唯恐溺入于難、以羞先帝之聖徳。頼皇天之霊、俾君秉義奮身、震迅神武、捍朕于艱難、獲保宗廟、華夏遺民、含気之倫、莫不蒙焉。君勤過稷・禹、忠�r伊・周、而掩之以謙譲、守之以彌恭、是以往者初開魏国、錫君土宇、懼君之違命、慮君之固辭、故且懷志屈意、封君為上公、欲以欽順高義、須俟勳績。韓遂・宋建、南結巴・蜀、羣逆合従、図危社稷、君復命将、龍驤虎奮、梟其元首、屠其窟栖。曁至西征、陽平之役、親擐甲冑、深入険阻、芟夷蝥賊、殄其兇醜、盪定西陲、懸旌萬里、聲教遠振、寧我區夏（私はもうダメダメで、祖霊のおかげで君が奮起して助けてくれた。君の勤は后稷・禹に勝り、忠は伊尹・周公に斉しいから魏公とした。韓遂・宋建が巴蜀と結んだとき国が危なかったが、君は平定してくれたし、張魯まで討定して威を遠方に輝かせてくれた）。 蓋唐・虞之盛、三后樹功、文・武之興、旦・奭作輔、二祖成業、英豪佐命；夫以聖哲之君、事為己任、猶錫土班瑞以報功臣、豈有如朕寡�ｺ、仗君以濟、而賞典不豐、將何以答神祇慰萬方哉？今進君爵為魏王、使使持節行御史大夫・宗正劉艾奉策璽玄土之社、苴以白茅、金虎符第一至第五、竹使符第一至十。君其正王位、以丞相領冀州牧如故。其上魏公璽綬符冊。敬服朕命、簡恤爾衆、克綏庶績、以揚我祖宗之休命（明君と賢臣が補い合って大業が達成できるのに、ダメな私は君に頼ってばかりだ。せめて充分に褒賞しないとバランスが悪い。だから君の爵位を魏王に進めよう。使者は使持節・行御史大夫・宗正の劉艾だ。丞相と領冀州牧はそのままだ。魏公の印綬その他一式は返還してください）」 魏王は上書して三たび辞退したが、いずれも聴許されなかった。
　又た直筆で詔書して「大聖以功徳為高美、以忠和為典訓、故剏業垂名、使百世可希、行道制義、使力行可效、是以勲烈無窮、休光茂著。稷・契載元首之聡明、周・邵因文・武之智用、雖経営庶官、仰歎俯思、其対豈有若君者哉？朕惟古人之功、美之如彼、思君忠勤之績、茂之如此、是以毎将鏤符析瑞、陳礼命冊、寤寐慨然、自忘守文之不徳焉。今君重違朕命、固辞懇切、非所以称朕心而訓後世也。其抑志撙節、勿復固辞」 (『献帝伝』)

　直筆文の方は、 「大聖は功と徳とを高く讃美し、忠と和とを典訓とする」 で始まり、「復た固辞する勿れ」 でシメていますが、これに対しても固辞してしまうと献帝を 「大聖ではなく、典訓に背いたもの」 認定してしまうので、臣下の身としては受けるしかない、という設定です。

―― 『四礼書勢序』では、梁鵠が曹公を（洛陽）北部尉にしたとあるが、『曹瞞伝』では、尚書右丞の司馬建公の薦挙だという。
曹公は王になると司馬建公を鄴に召し、与に歓飲して司馬建公に謂うには 「孤を今日も復た尉とするか？」　司馬建公 「嘗ての大王を挙げた時は、尉が適任だったのです」 魏王は大いに笑った。司馬建公の諱は防。司馬宣王（司馬懿）の父である。
―― 裴松之が司馬彪の（『続漢書』）序伝から勘案するに、司馬建公は右丞とはなっていないが、そうではないのであろう。王隠『晋書』は云う。趙王が簒位すると、祖宗を帝として尊ぼうと考えた。博士の馬平が議すに、京兆府君（司馬防）は嘗て魏武帝を挙げて北部尉とし、賊は界内を犯さなくなったと。このような徴があるのだ。

　裴松之の論法もいささか無茶な気がしますが。馬平が追尊回避のために回りくどい説得をした可能性だってあるでしょうに。司馬氏と曹操の関係を示す事で、司馬氏の天下を肯定する以上のものではない逸話だと思います。

[102]　始めて奉常・宗正官を置く。 (『魏書』)

[103]　魏王は親しく金鼓を執って進退を号令した。 (『魏書』)

[104]　初めて衞尉官を置いた。
　秋八月の布令 「昔、伊摯・傅説は賤人から出で、管仲は桓公にとっての賊だったが、皆なこれを用いて興隆した。蕭何・曹参は県吏にすぎず、韓信・陳平は汚辱の名を負い、笑われる恥があったが、とうとう能く王業を成就し、声誉を千載に著した。呉起は将軍の位に貪欲で、妻を殺して信頼され、金を散じて官を求め、母が死しても帰らなかったが、魏にあっては（西面を守って）秦人は敢えて東向せず、楚にあれば三晋は敢えて南を謀ろうとしなかった。今、天下に至徳の人で民間に放置されている者はいなくはあるまいし、勇であって一身を顧みない者、敵に臨んで力戦する者、あるいは文俗の吏でも高才異質で将軍・太守の任に堪えられる者、汚辱の名を負って嘲笑される行ないがあり、あるいは不仁不孝でも治国・用兵の術を持つ者、各々知るところを挙げ、野に遺す事の無いように」 (『魏書』)

　また人材薦挙令ですよ。このあたりが 「曹操が人材に貪欲だった」 と謂われる所以なんでしょうが、ちょっと頻繁すぎやしませんか。確かに招賢令は明君の施策の一つではありますが、魏は実は人材難なんじゃないかと勘ぐってしまいます。穿った見方をすると、こうして人気取りをしなければならない程度には名族層の支持を得られてはいないんじゃないでしょうか。

[105]　布令 「領長史王必は吾れが荊棘を披いた時の吏である。忠であり能く事に勤め、心は鉄石の如く、国の良吏である。蹉跌して久しく辟さなかったが、騏驥（駿馬）を捨てて乗らずにいて遑遑（あくせく）として更（あらた）めて（人材を）求めようか？ だから辟して適所に署し、領長史として統事することは以前通りとする」 (『魏武故事』)

[106]　時に京兆の金禕、字を徳禕は、歴世の漢臣の家の出で、金日磾が（馬通と）馬何羅を討ってより忠誠は顕著で、名節は落葉の様に累積した。漢祚が移ろうとしているのを観て季興（最後の中興）させんと発憤し、とうとう耿紀・韋晃・吉本・吉本の子の吉邈・吉邈の弟の吉穆らと謀議を結んだ。

　因みに、金禕の父は劉備に敗死した領武陵太守金旋です。

　耿紀、字は季行は少時から美名があり、丞相掾となった。魏王は甚だその異才を敬い、侍中に遷って少府を守した。 ➤
　吉邈、字は文然、吉穆、字は思然。
　金禕は慷慨の質で金日磾の風があり、又た王必と親交があった。この関係から、もし王必を殺したら天子を扶けて魏を攻め、南のかた劉備に乞援しようと考えた。 当時、（荊州の）関羽は彊盛で、しかも魏王は鄴に在り、王必を留めて兵を典らせ、許の事を督させていた。吉邈らは雑人（官奴）や家僮千余人を率いて夜に門を焼いて王必を攻め、金禕は人を遣って内応させ、射て王必の肩に中てた。王必は攻めてきたのが誰か判らず、日頃の親交から金禕の家に走投して夜中に 「徳禕！」 と喚くと、金禕の家では王必とは判らず、吉邈らだと思って錯綜して応え 「王長史は死にましたか？ 卿の曹（ともがら）の事は成功しましたぞ！」 王必はかくして他の路から奔った。
　他説には、王必は金禕に投避しようとしたが、帳下の督が王必に 「今日の事は誰の門に投入すべきかは分らないのですぞ？」 王必を扶けて南上に奔った。たまたま天が明るみ、王必は猶も健在であり、吉邈らの軍勢は散り、そのため敗れた。十余日して、王必は矢創が原因で死んだ。 (『三輔決録』注)
―― 耿紀・韋晃らを収捕し、斬ろうとした際、耿紀が魏王の名を呼ばわり 「恨むらくは吾れ自らが図らず、竟（つい）に群児に誤らされた事だ！」 韋晃は頓首搏頬し（頭を打ちつけ頬を叩き）、かくして死んだ。 (『献帝春秋』)
―― 魏王は王必が死んだと聞くと盛怒し、漢の百官を召して鄴に詣らせ、消火に当たった者は左、消火しなかった者は右に居らせた。人々は消火した者が必ず無罪になると思い、皆な左に附いた。魏王は 「消火しなかった者が乱を助けた者ではない。消火した者が実は賊なのだ」 と皆な殺した。 (『山陽公載記』)

　初読したときは、追従者を一掃したと思ったものです。判断基準は 「家の中にいたか、外にいたか」 で、シロ以外はクロとして極刑。家の中にいたら確かに暴動には参加できませんて。曹操の悪辣さ、横暴さを際立たせる挿話に他なりません。裴松之も『山陽公載記』をボロクソに批判しつつも載せるんですから。

[107]　魏王の布令 「昨冬は疫癘があって民は凋傷し、軍事が外地にあって墾田は損少し、吾れはこれを甚だ憂える。吏民男女に命令する。女の七十歳以上で夫子の無い者、あるいは十二歳以下で父母兄弟の無い者、目の見えぬ者、手が動かせず、足が動かせず、しかも妻子父兄や産業が無い者には、終身の官給米を与えよう。幼年者は十二歳で停止する。貧窮して自活できない者は、人口に随って給貸する。老耄となって扶養が必要な者で九十歳以上がいれば、一家に一人は賦役を免除する」 (『魏書』)

[108]　当時、南陽方面は徭役に苦しみ、侯音はかくて太守の東里袞を執え、吏民と共に反き、関羽と連和した。南陽の郡功曹の宗子卿は往って侯音に説き 「足下は民心に順い、大事を挙げ、遠近で風を望まない者はありません。然して郡将を執えたのは道理に逆いて無益であり、どうして放逐しないのでしょう。私は子と共に力を併せましょう。曹公の軍が来る頃には、関羽の兵も亦た至りましょう」 侯音はこれに従い、こうして太守を釈放・放逐した。宗子卿は夜陰に城を踰えて亡出し、かくて太守と与に余民を収めて侯音を攻囲した。たまたま曹仁の軍が至り、共同してこれを滅ぼした。 (『曹瞞伝』)

　東里袞の動静は、高貴郷公紀の甘露三年を補う『楚国先賢伝』と、孫権伝の黄武元年を補う『魏略』にサブキャラとして見えます。于禁の司馬となって関羽に擒われ、于禁と同時期に魏に送還され、孫権の臣従を盲信しないよう曹丕を諫めて聴かれなかったとか。

[109]　この時、魏王は帰還しようと考え、軍令を 「雞肋」 としたが、官属は意味が分らなかった。主簿の楊脩がさっさと装備を整えると人々は驚いて楊脩に問うた 「どうして分るのだ？」　楊脩 「雞肋とは棄てるには惜しく、食べる所が無い。これは漢中の比喩で、王が帰還しようとしているのを知ったのだ」 (『九州春秋』)

[110]　魏諷、字は子京。沛の人。惑衆の才（雄弁の才）があって鄴都を傾動し、そのため鍾繇が辟した。大軍が未だ帰還しない時、魏諷は潜かに徒党を結び、又た長楽衞尉陳禕と鄴の襲撃を謀った。期日の前に陳禕が懼れて太子に告げ、魏諷は誅され、数十人が連坐して死んだ。 (『魏晋世語』) ➤
―― 王昶家誡では 「済陰魏諷」 とあり、ここでは沛人と云っている。詳細は不明。

　この魏諷の謀叛、規模が大きい割に目的や動機が故意に隠したと思えるほど不明で、しかも曹丕が関係者の処分を急いだことから、太子争いの余震ではないかと思われます。魏諷に連坐して殺された者として知られているのは王粲の二子、宋忠の子、張繡の子の張泉、劉廙の弟の劉偉で、鍾繇・楊俊・文欽が罷免・降格されています。
　まず王粲ですが、これはガチの曹植支持派で、その二子もその流れを汲んでいたと思われます。曹操も顛末を聞くと、特に王粲の二子が処刑される事を気に懸けたようですし。張泉については、張繡が曹丕に怨まれていたという『魏略』のソースを信用するなら、曹植を支持する動機は充分です。劉偉は魏諷と親しかったようですが、太子問題への関与は不明です。宋忠については劉�jに随って曹操に降った後の行動そのものが不明ですが、荊州サロンの出身という事で、王粲と派閥を同じくした可能性は否定できません。
　次に罷免組ですが、鍾繇は魏諷を挙げた故将として、楊俊は中尉という官職故の処分で、文欽は証拠不十分と父の旧功による目こぼしとなっています。しかし鍾繇が毛玠を取り調べた状況を見ると、職務を越えた厳しさがあり、楊俊も即位間もない曹丕に賜死された際の経緯から、曹植支持派だった事が窺われます。
　そもそもこの時の鄴の守備兵は少数で、しかも曹操は大兵を率いて帰還の途上にあり、さらに立地的に蜀や呉との連携が可能とも思えず、謀叛が成功したとしても磨り潰されるのがオチで、この時の鄴での曹操に対する謀叛自体が成立しそうありません。又た魏諷が魏に叛いただけならここまで事態の背景が隠蔽される必要もなく、鄴で執務している曹丕を、曹植支持派が殺そうとした謀叛だったのではないかと思う次第です。

[111]　魏王は更（あらた）めて北部尉の廨（役所）を修治させ、旧より広壮にした。 (『曹瞞伝』)

[112]　孫権は上書して称臣し、天命を説いた。魏王は孫権の書を外に示し 「こやつは吾れを爐火の上に踞らせようとしておるわ！」
侍中陳羣・尚書桓階が上奏した 「漢は安帝より大政は公室を去り、国統はしばしば絶え、今に至っては唯だ名号のみがあって尺土一民とて漢のものではありません。命運は尽きて久しく、歴数は終って久しく、今日になって適ったものではありません。これは桓帝・霊帝の世に、諸々の河図・讖緯に明るいものが皆な『漢の行気は尽き、黄家が当に興るべし』と言っています。殿下は期運に応じ、天下の十分の九を有しながらも漢に服事している事で、羣生は注望し、遐邇（遠近）は怨歎しております。故に孫権は遠きに在って称臣したのです。これは天・人が与に応じ、気を異にしながら声を斉しうするというものです。臣が愚考しますに虞・夏は謙辞を用いず、殷・周は誅放するに吝かではありませんでした。天を畏れ命を知り、辞譲されませぬように」 (『魏略』)
―― 夏侯惇が魏王に謂うには 「天下は咸な漢祚が既に尽き、異なる世代が起ころうとしている事を知っています。古来より、民の害を除いて百姓が帰す者こそが民の主であります。今、殿下の軍事は三十余年となり、功徳は黎庶（諸民）に著かで、天下の依帰するところです。天に応じ民に順い、これ以上どうして遅疑されますか！」
魏王 「“政事に施（したが）う事も亦た為政である”と云う。もし天命が吾れに在っても、吾れは周の文王となろう」 (『魏氏春秋』)
―― 桓階が魏王に正位を勧進したが、夏侯惇は先ず蜀を滅ぼし、蜀が滅びれば呉は服属するから、二方を平定してから舜・禹の軌（禅譲）に遵うべきとし、魏王もこれに従った。魏王が薨去すると夏侯惇は前言を追って悔やみ、発病して卒した。(『曹瞞伝』『魏晋世語』)
―― 夏侯惇は漢官を恥じ、求めて魏の印綬を受けた。桓階は夏侯惇に比べ、義直の節がある。伝記を考察すると『魏晋世語』は妄言である。(孫盛『評』)

[113]　太祖は漢中より洛陽に至り、建始殿を起工した。濯龍祠（の樹）を伐採したところ樹から血が出た。 (『魏晋世語』)
―― 魏王は工夫（建築家）の蘇越に美麗な梨樹を徙させた。これを掘ると根を傷つけて尽く血を出した。蘇越が状況を申すと、魏王は自ら視てこれを嫌悪し、不祥とした。還御してから疾によって臥せた。 (『曹瞞伝』)

[114]　太祖は自ら海内を統御し、群醜を芟夷（討平）し、軍を行ない師を用いる事は凡そ孫・呉の兵法に依拠し、事に応じて奇策を設け、敵を欺き勝を制し、変化は神の如くだった。自ら兵書十万余言を作り、諸将の征伐は皆なこの新書によって事を行なった。。事に臨んで又た手ずから（軍を）節度し、従った者は克捷し、違えた者は負敗した。虜との対陣では意思安�閧ﾆして戦を欲しないようで、然るに機を決して勝に乗じるに及ぶと気勢は盈溢し、故に戦う毎に必ず克ち、軍事に幸勝は無かった。人を知り善く洞察し、偽りによって眩惑する事は困難で、于禁・楽進を行軍の中から抜擢し、張遼・徐晃を亡虜の内から取り、皆な命を佐けて功を立て、名将たるに列した。その他、細微から抜出して州牧太守に登った者は数える事が出来ない。こうして大業を剏造し、文武並び施し、軍を御すること三十余年。手より書物を離さず、昼は武策を講じ、夜は経伝を思い、高きに登れば必ず賦し、新詩を作れば管絃を付して皆な楽章として完成した。
　才力絶人、手ずから飛鳥を射、躬は猛獣を禽え、嘗て南皮で一日に雉を射て六十三頭を獲えた。宮室を造作し、器械を繕治する際に法則を為さぬ事が無く、皆なその意を尽していた。雅性（本質）は節倹で華麗を好まず、後宮に錦繍を着衣させず、侍臣の履物は二彩ならず、帷帳屏風は壊れれば補納し、茵蓐は温を取るのみで縁飾も無かった。城を攻めて邑を抜き、美麗の物を得ても尽く功ある者に賜い、勲を労するの賞に千金を吝しまず、無功にして施しを望んでも毫すら分かち与えず、四方からの献上御物は羣下とこれを共にした。送終之制や襲称（葬送の制度や帷子）の数が繁雑無益でありながら、世俗が過度である事を常に考え、故に予め終亡の衣服を自ら制定し、四篋だけとしたのだ。 (『魏書』)
―― 太祖は嫁取の際の奢僭を愍れみ、公女が人に適く際は、皆な皁帳（黒い帳）とし、従婢は十人を過ぎなかった。 (『傅子』)
―― 漢の世に、安平の崔瑗・その子の崔寔、弘農の張芝・張芝の弟の張昶はいずれも草書に善く、太祖はこれに亜いだ。桓譚・蔡邕は音楽に善く、馮翊の山子道・王九真・郭凱らは囲棊に善く、太祖は皆な埒能だった。又た養性法を好み、方薬を理解し、方術の士を招引し、廬江の左慈・譙郡の華佗・甘陵の甘始・陽城の郄倹の至らざるはなかった。又た野葛の一尺を啖う事を習い、亦た少多の鴆酒を飲む事が出来た。 (張華『博物志』)
―― 漢末の王公の多くは王服を棄て、幅巾（幅広の頭巾）を雅とした。かくて袁紹・崔鈞などは将帥でありながら縑巾（頭巾の一種）を着けた。魏太祖は天下が凶荒で資財が乏匱している事から、古えに擬して皮弁（革冠）し、縑帛を裁って帢（鉢巻）とし、簡便である事から随時の目的に合わせ、色によって貴賤を別けた。今も試行されており、軍容（軍装）というもので国容（朝装）ではない。 (『傅子』)
―― 太祖の為人りは佻易で威重が無く、音楽を好み、倡優が側に在り、常に（歓楽は）日中から夕に達した。被服は軽綃で小鞶嚢を佩げ、手巾などの細物を盛んに入れ、帢帽（簡素な冠帽）を冠して賓客と会見した。人と談論する毎に戯言を弄し、隠す所が全く無く、歓悦大笑して杯案に頭を没し、肴膳で巾幘を沾汚する事が常だった。その軽易はこの通りである。
然るに法を持すこと峻刻で、諸将で己に勝る計画を有する者には、いずれ法を用いて誅殺し、故人（旧知の人）であっても旧怨を余す事が無かった。刑殺する際には対面して垂涕嗟痛しても決して活かすことは無かった。嘗て袁忠が沛相であり、太祖を法で治めようとした。沛国の桓邵は亦た太祖を軽んじた。兗州に在った時、陳留の辺譲の言議は頗る太祖を侵侮するものだった。太祖は辺譲を殺してその家を族滅し、袁忠・桓邵は倶に交州に避難したが、太祖は（交趾）太守の士燮に遣使して尽く族滅させた。桓邵が自首して庭中で拝謝すると、太祖は 「跪で死を解く事ができるか！」 と謂って結局殺した。
　行軍中に麦畑を通過した際に布令した。「士卒は麦を荒らすな。犯した者は死刑だ」。騎士は皆な下馬し、麦を抑えながら進んだ。このとき太祖の馬が麦中に騰入した為、主簿に罪状を糺させた。主簿が『春秋』の義によって応答するには、罪は尊位には加えないと。太祖 「法を制定して自ら犯した。どうして帥下できよう？ だが孤は軍を帥べており自殺は出来ない。自刑させてくれ」 かくて剣を引寄せて髪を割ち、地に置いた。
又た寵姫があって昼寝に従わせたおり、これに枕して臥して告げるには 「須臾（暫く）にして我を覚ませ」 姫は太祖が安んじ臥しているのを見て、すぐには起さなかった。目覚めると棒でこれ殺した。賊を討ったおり、廩穀が不足すると私かに主者（担当官）に 「どうする？」　主者 「小斛で（規定に）足らせましょう」　太祖 「善し」 後に軍中で太祖が欺いているとの言があった。太祖は主者に謂った 「特に君の死を借りて人々（の怨嗟）を晴らしたい。そうでないと解けないのだ」 かくしてこれを斬り、首を取って題（高札）を徇らせ 「小斛を用いて官穀を盗む。軍門に斬る」 その酷虐変詐は皆なこの類いである。 (『曹瞞伝』)

　曹操を貶し貶めるという『曹瞞伝』の趣旨が凝縮されている一文です。これに 「自身の短躯を厭い、異民族の使者を引見する際には代理を立てて侍臣のふりをしたが、使者が帰りしなに『小柄の侍臣の方がオーラがあった』と謂ったのを伝聞すると、追わせて使者を殺した」 という逸話が加わると尚お良かったのですが。刑に臨んで泣いても活かさなかったというと陳宮の事でしょうかね。『魏書』の超人曹操像も辟易ものですが、悪意を隠さず捏造している『曹瞞伝』も大概です。